ひたちのくににのみや しずじんじゃ
常陸二ノ宮 静神社茨城県 静駅
授与所:09:00〜16:00
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茨城県 那珂市 静 に鎮座する静神社(しずじんじゃ)常陸国 二宮神社、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 に参拝致しました、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました、主祭神は 建葉槌命、相殿神は手力雄命、高皇産霊命、思兼命、社格等は 式内社(名神大)常陸国二宮、旧県社、創建(伝)大同元年(806年)本殿の様式は 神明造銅板葺、例祭は 4月1日、佐竹七福神霊場 恵比寿、
創建は不詳、『新編常陸国誌』では大同元年(806年)に創建されたという社伝を載せる。前述のように当地は倭文部、すなわち文様付の布を織る技術者集団の居住地と見られ、静神社はその関係社と見られている、また、静神社東方には5世紀を中心とした古墳群(新宿古墳群<あらじゅくこふんぐん>)が残っており、静神社との関係性が指摘される、国史では、仁和元年(885年)に「静神」の神階が従五位上に昇叙されたと見える、延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では常陸国久慈郡に「静神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。
また、鹿島神宮(一宮)や吉田神社(三宮)とともに静神社は常陸国の二宮として崇敬されたという、このように崇敬された理由として、遅くとも奈良時代から麻布の使用が庶民に広がったが、常陸国はその特産地であり静神社がその生産に関与したためとする説がある、
中世には佐竹氏が当地を領有し、佐竹貞義によって静神社境内に弘願寺・西方寺・静安寺が設けられた、
江戸時代には、慶長7年(1602年)に徳川秀忠から神領150石が寄進された、その後は水戸徳川家の祈願所とされ、維持管理は藩費によってなされたという、寛文7年(1667年)に徳川光圀(水戸第2代)が社殿を修造し、弘願寺を含めて3寺は廃されたが、この際に銅印(重要文化財)が発見されている、これにより、神仏習合から唯一宗源神道に改められた。以後も徳川氏から崇敬され、徳川綱條(水戸第3代)からは三十六歌仙が奉納され、徳川斉昭(水戸第9代)が天保12年(1841年)の火災で焼失していた社殿を再建した、なお、その火災で燃えた神木の切り株は現在も境内にある。
明治に入り、近代社格制度では県社に列した。

静神社は、かって、東国の三守護神として鹿島神宮、香取神宮、静神社として崇拝されてきました。延喜式名神名帳(927年)にも、鹿島神宮などとともに、「名神大」と記され豊臣家から社領として、150石が寄進され、徳川家からも同額の朱印が付されたいます。常陸ニの宮としても古くから信仰を集め、初詣、節分祭、そして神事の「つた舞」「お笹明神」が行われる秋の大祭(11月25日~27日)は、多くの参拝客でにぎわいます。主祭神は 建葉槌命(武神) (たけはづちのみこと) 名倭文神(織物の祖神) (しどりのかみ) 相殿神は 手力雄命(たじからのみこと)高皇産霊命(たかみむすびのみこと) 思兼命(おもいかねのみこと) でもある神門の前には、昔ここが織物の里であったことを示す『常陸国風土記』の碑が建っています。
本殿には国の重要文化財に指定されている社宝の銅印が納められています。水戸藩主徳川光圀公が社殿を修造する時に本殿脇の大きな桧の根本から『静神宮印』とほられた銅印がみつかったことを大層よろこび、黒塗りの箱に納めて社宝として神社に蔵したとされています。
天保12(1841)年の火災で、徳川光圀が造営した社殿が焼失。現在の壮厳なたたずまいの本殿・拝殿は、水戸家9代藩主斉昭が再建したものです[当神社HPより抜粋]
| 住所 | 茨城県那珂市静2 |
|---|---|
| 行き方 | 国道118号線瓜連から笠間街道へ800M 静峰公園 静ヒルズ隣 |
| 名称 | 常陸二ノ宮 静神社 |
|---|---|
| 読み方 | ひたちのくににのみや しずじんじゃ |
| 通称 | 靜神社 |
| 参拝時間 | 授与所:09:00〜16:00 |
| 参拝にかかる時間 | 約20分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 029-296-0029 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://shizu.e-naka.jp/ |
| おみくじ | あり |
| ご祭神 | 武葉槌命 手力雄命 高皇産霊命 思兼命 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 不詳 |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 切妻造 |
| 文化財 | 銅印(国指定重要文化財)
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| ご由緒 | 静神社は、かって、東国の三守護神として鹿島神宮、香取神宮、静神社として崇拝されてきました。延喜式名神名帳(927年)にも、鹿島神宮などとともに、「名神大」と記され豊臣家から社領として、150石が寄進され、徳川家からも同額の朱印が付されたいます。常陸ニの宮としても古くから信仰を集め、初詣、節分祭、そして神事の「つた舞」「お笹明神」が行われる秋の大祭(11月25日~27日)は、多くの参拝客でにぎわいます。主祭神は 建葉槌命(武神) (たけはづちのみこと) 名倭文神(織物の祖神) (しどりのかみ) 相殿神は 手力雄命(たじからのみこと)高皇産霊命(たかみむすびのみこと) 思兼命(おもいかねのみこと) でもある神門の前には、昔ここが織物の里であったことを示す『常陸国風土記』の碑が建っています。
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