はまなそうしゃしんめいぐう
濱名惣社神明宮静岡県 三ケ日駅
参拝/24時間
御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳にお書き入れ | |||
御朱印帳 | |||
駐車場 | 社殿横に数台分 |
社務所閉まってましたが拝殿に書き置きの御朱印が近くの初生衣神社と2種類あったので賽銭箱に納めて、いただいてきました。
抑々当神明宮の濫觴は、上古期浜名湖周辺に定着繁栄した三輪 (神・美和)氏族の奉斎にかかる式内弥和山神社に当るものにて、平安中期の 天慶三年(九四〇)伊勢神宮神領浜名神戸が立券寄進され、その 内外に御薗御厨が成立するにおよび、当神社の所在地にも但木 御薗の成立を見たのであり、茲に及んで旧来の祭神大物主命の 霊に代るに天照皇大神を奉斎したと考えられます。その時期は 鎌倉時代初期元福元年(一二三三)かと推察されます。
明治維新まで摂社として西ノ宮・二ノ宮の二社のみが存したこ とは、式内社時代の旧態を克く物語っており、天福元年但木 御薗記銘の懸仏の残されていることは神明宮奉斎の時期を 明示しています。
次いで室町時代の当社は姿は貞治四年(一三六五)大江末光 奉納にかかる掛仏二体によって覗くべく、近世江戸時代初期 以来明治まで拾数度の神殿修造葺上あり、現存棟札の最古の ものとしては、元和六年(一六二〇)三月五日当時住民の代表左近 右衛門真次・源右衛門秀止・源兵衛秀勝以下惣村人等により上 葺が行われたときのものであります。そして明治維新におよび、 明治十二年九月十日村社に列格奉斎されてきましたが、今次大戦 の結果昭和二十年村社の格を廃されました。
現在の本殿は、昭和三十四年九月伊勢湾台風の災禍により倒壊 したものを、氏子総代区長以下氏子一同鋭意再興に当り成立 させたものであります。
昭和五十年十月竣工の拝殿および附属する祝詞殿・渡殿は、 伊勢神宮の式年遷宮による古材御下渡しの恩典に浴し、これが 受領交渉の往来など建設委員長以下氏子一同の血の滲む ような努力の結晶と、更には当区を郷とする参百余名にの ぼる元氏子の寄進に与かる力大である故を後世に永く識 すものであります。かくして茲に、当区にとって千載一遇 の盛事を醸成したと言えるでしょう。
昭和五十年十月 吉日 識
-拝殿掲示-
浜名の惣社として又浜名神戸の本拠地として崇敬されてきた。延喜式神明帳(901~922)の遠江国浜名郡、英田神社に当り式内社である。本殿は浜名神戸より伊勢神宮へ貢進品の収納庫として使われたと云われ板倉造(井籠造)という全国でも類の少ない古式の形式で国の重要文化財に指定されている。特殊神事「夜半の御饌」がある。又、特産である「三ケ日みかん」を伊勢神宮に献納する神社でもある。
名称 | 濱名惣社神明宮 |
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読み方 | はまなそうしゃしんめいぐう |
通称 | おしんめいさま |
参拝時間 | 参拝/24時間 |
トイレ | 社務所の左側 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 053-524-0833 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
絵馬 | あり |
SNS |
ご祭神 | 《主》天照皇大御神 |
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本殿 | 板倉造 |
文化財 | 【重要文化財】浜名惣社神明宮本殿
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ご由緒 | 浜名の惣社として又浜名神戸の本拠地として崇敬されてきた。延喜式神明帳(901~922)の遠江国浜名郡、英田神社に当り式内社である。本殿は浜名神戸より伊勢神宮へ貢進品の収納庫として使われたと云われ板倉造(井籠造)という全国でも類の少ない古式の形式で国の重要文化財に指定されている。特殊神事「夜半の御饌」がある。又、特産である「三ケ日みかん」を伊勢神宮に献納する神社でもある。 |
体験 | おみくじ絵馬御朱印お守り重要文化財 |
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