たいまでらなかのぼう|高野山真言宗
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いよいよ當麻寺様の仁王門を潜りました。
境内に進ませて頂くと見所が多くて何処から
お参りするか迷いました。
すぐ左手に中之坊様へ向かうことにしました。
中之坊様は高野山真言宗のお寺様です。
御本尊は十一面観世音菩薩をお祀りされています。
中之坊様は7世紀の後半に役行者によって修験の
道場として開いたのが始まりとされています。
當麻寺様が現在地に遷られたのが681年なので
それに伴ってか?それ以前なのか?は不明です。
その後8世紀前半には當麻寺様の別当が住む僧坊の
「中院御坊」となり寺内最古の僧坊として
確立されました。
中之坊様の御本尊の十一面観世音菩薩は「導き観音」
と呼ばれています。これは中将姫を二上山の麓まで
導いたことによります。
導かれた中将姫は中之坊様で剃髪し尼になったと
伝わっています。
中之坊様では大和三名庭の1つに数えられる
「香藕園(コウグウエン)」も楽しむことが出来ます。
この日は業者の方が見えられていて作業をされて
いたのですが それがさほど気にならないくらい
見事な庭園でした(´▽`)

當麻寺には塔頭や子院が複数あります。
當麻寺中之坊は高野山真言宗の子院です。
かつての名称は中院で當麻寺最古の子院だそうです。
中将姫剃髪の地と伝えられ 中将姫の仏法の師である実雅の開山と言われています。役行者が開いたという説もあります。
中将姫については知りませんでしたが 女人禁制のお寺に入寺したい一念から三日間念仏を唱えた功徳で石に足跡がついたと伝わります。それ以降女人禁制がとかれたといいます。
春の牡丹が特に有名だそうです。
庭園「香藕園」(国指定史跡・名勝)は當麻寺の東西両塔を借景とした池泉回遊式庭園です。
さすがに名勝 とても美しいです。
客殿の松室院の天井には いくつものお花の絵が描かれています。
妻が学生時代にお参りしたことがあると言うのですが もう何十年も前 あまり記憶に残っていませんでした。しっかり写真を撮っておくのは大切ですね。もったいない。
参拝者は多く 授与品も多くありました。さすがに有名な寺院ですね。

當麻寺 ②中之坊
~當麻寺最古の僧坊 中之坊・
當麻曼荼羅と中将姫~
今は昔、藤原鎌足の曽孫である藤原豊成には美しい姫があった。後に中将姫と呼ばれるようになる、この美しく聡明な姫は、幼い時に実の母を亡くし、意地悪な継母に育てられた。中将姫はこの継母から執拗ないじめを受け、ついには無実の罪で殺されかける。ところが、姫の殺害を命じられていた藤原豊成家の従者は、極楽往生を願い一心に読経する姫の姿を見て、どうしても刀を振り下ろすことができず、姫を「ひばり山」というところに置き去りにしてきた。その後、改心した父・豊成と再会した中将姫はいったんは都に戻るものの、やがて當麻寺で出家し、ひたすら極楽往生を願うのであった。姫が五色の蓮糸を用い、一夜にして織り上げたのが、名高い「当麻曼荼羅」である。姫が蓮の茎から取った糸を井戸に浸すと、たちまち五色に染め上がった。當麻寺の近くの石光寺に残る「染の井」がその井戸である。姫が29歳の時、生身の阿弥陀仏と二十五菩薩が現れ、姫は西方極楽浄土へと旅立ったのであった。
世阿弥や近松門左衛門らによって脚色され、謡曲、浄瑠璃、歌舞伎の題材ともなりました。
~・~・~・~
當麻曼陀羅を織り上げた中将姫は、藤原鎌足の曾孫であり右大臣藤原豊成の娘として生まれました。
幼くして実母と死に別れた中将姫は、継母に疎まれ、14歳にして雲雀山にて命を絶たれそうになりますが、継母の命に背いた武士嘉藤太によって匿われます。 この世の無常に翻弄された中将姫は安楽浄土を求めて當麻寺に入り、出家します。称讃浄土経を一千巻写経するなど仏道に励まれた中将姫のもとを訪れた一人の老尼の言葉に従い、畿内各地より蓮を取り寄せ蓮糸を紡ぎ、石光寺の井戸で糸を染め、綴れ織りで織り上げたのが「當麻曼陀羅(観無量寿経浄土変相図)」です。 中将姫は29歳で極楽往生を遂げ、その臨終の様子は毎年4月14日に當麻寺で行われる練供養にて今も伝わっています。
「中之坊」
當麻寺最古の僧坊である中之坊は、高野山真言宗別格本山で、中将姫さまの剃髪・修行の道場。
剃髪堂には中将姫さまの守り本尊とされる十一面観音像(平安時代(10c)・重要美術品)が祀られ、「導き観音さま」と呼ばれて信仰を集めています。 中将姫の仏法の師である実雅の開山といわれます。
また、役行者が開いたともいわれ、春の牡丹は特に有名です。
また、陀羅尼助発祥地の一つとされます。
札所
大和十三仏霊場第6番
大和七福八宝めぐり。
庫裏・書院(重要文化財)
江戸時代初期建立の書院造。
南西の「御幸の間」(後西天皇が行幸されたと伝える)が主室で、他に北西に「鷺の間」、北東に「鶴の間」、南東に2室の「侍者の間」があります。
「侍者の間」の南は西が4畳半、東が6畳の茶室となります。
「御幸の間」と「鷺の間」の障壁画は曽我二直菴の筆。
茶室「丸窓席」 4畳半の茶室は北側に大きな丸窓を設けることから「丸窓席」と呼ばれます。
後西天皇の行幸に合わせて片桐石州が作られました。 庭園「香藕園」(国指定史跡・名勝) - 築地塀で内庭と外庭に分かれ、内庭は當麻寺の東西両塔を借景とした池泉回遊式庭園。外庭は山の斜面に造園されています。
後西天皇の行幸に合わせて片桐石州が改修したと伝わります。
竹林院群芳園、慈光院庭園と並んで大和三庭園のひとつに数えられています。
剃髪堂
中将姫が剃髪したお堂。
中将姫誓いの石
中将姫の足跡が残っているとされる石。
写佛道場・霊宝館・ぼたん園・稲荷社・竜王社・表門
「香藕園」
大和三名園の一として名高い庭園「香藕園」(史跡・名勝)は、大和小泉の大名・片桐石州公が改修した庭園で、中央の心字池を“宝池”、借景の三重塔(国宝)を“宝塔”に見立てて、極楽浄土を観想する場所として想定されています。園内にある茶室「丸窓席」(重文)は、第111代天皇 後西院(後西天皇)をお迎えするためにつくられたもので、その名の通り、方一間もの大きな円窓が特徴的です。
四季折々の花々とともに回遊して楽しめる庭園になっています。
霊宝殿では、1300年来の寺宝が順次入れ替え制で公開されております。中将姫ゆかりの宝物などが数多く公開されており、春季特別展では中将姫様直筆の経巻『称讃浄土経』(奈良時代)が特別公開されました。
150枚もの天井画が見事な写佛道場(登録有形文化財)では、中将姫さまの経巻『称讃浄土経』を写経したり、當麻曼荼羅に描かれる仏さまを写仏したりすることができます。
拝観時間 9時~17時
拝観料 大人500円
小学生250円
當麻寺中之坊の情報
| 住所 | 奈良県葛城市當麻1263 |
|---|---|
| 行き方 |
當麻寺中之坊の基本情報
| 名称 | 當麻寺中之坊 |
|---|---|
| 読み方 | たいまでらなかのぼう |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0745-48-2001 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.taimadera.org/ |
| SNS |
詳細情報
| ご本尊 | 當麻曼荼羅 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
| 体験 |
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