ろくがつはちまんじんじゃ
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楽しみ方六月八幡神社のお参りの記録一覧
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こちらも鷲神社の兼務社。境内に停められそうでしたが、どこから入っていいのか判らず。拝殿前に猫ちゃんがお昼寝。起こさないように気をつけたが、小銭を落として驚かせてしまいました。
前九年の役出征のため、源頼義・義家父子の軍勢が当地を通りかかった際に、賊に遭遇して苦戦したが、八幡神に戦勝を祈願して、勝利を得ることができたとされ、旧歴六月だったことから、このちを六月村と称するようになったとのこと。
その戦勝に感謝して八幡神を祀るために創建された古社です。隣に別当時として建立された炎天寺とは境界がなく境内と繋がっています。源氏の旗(幡)が勝ったことから山号を「幡勝山」、祈願が成就したことから院号を「成就院」、炎天続きだったことから寺名を「炎天寺」としたと嘘のような話。参拝時は知らず、又極力寺院の参詣は遠慮していたが、小林一茶はが江戸に住んでいた時にたびたび訪れており、「やせ蛙まけるな一茶これにあり」と有名な句を詠んでいます。

東京都足立区六月に鎮座する、六月八幡神社を訪れました。炎天寺と隣接しており、境内がそのまま繋がっているため、お寺の静謐な空気から神社の清々しい空気へと自然に移り変わる、独特の趣がある場所です。
一歩足を踏み入れると、そこには遮るもののないすっきりと開けた境内が広がっており、空が広く感じられる開放感に包まれました。源義光(新羅三郎義光)が戦勝報告のために建立したという由緒を持ちながら、現在は地域を優しく見守るような穏やかな空気が流れています。
参拝の証である御朱印(画像)は、兼務社である近隣の鷲神社(島根)で拝受しました。中央に「八幡神社」と力強く墨書きされ、背景には波のような文様の大きな朱印が押されており、非常に洗練された印象を受けます。令和八年三月六日の日付と「六月」という地名が刻まれたこの御朱印を手にすると、かつての炎天下の戦いから始まったこの地の長い歴史と、現在の平和な景色が重なり、感慨深いものがありました。
炎天寺の蛙たちに癒やされ、八幡様の広々とした境内で心を整える、足立区六月の歴史を肌で感じる素晴らしい巡礼となりました。

島根鷲神社に向かう途中、グーグルマップに六月八幡神社を見つけ行く事に。
マップ見てるはずなのに、何故か変な方向に歩いていて(笑)時間掛かってしまった。
こちらも古い神社です。
写真撮り忘れましたが、右側に境内社がありました。鳥居もありました。名前は分からないが、中にたくさんの小さな狐さまがいらっしゃり稲荷神社だと思います。
あとはこの神社に隣接してる炎天寺のお堂前に大きな蛙の像があり気になる。
時間なかったので、またの機会に。
ネットより
足立朝日さんの記事を引用しました。
↓
六月八幡(はちまん)神社
掲載:2010年4月20日号
六月3‐13‐19
ご祭神は誉田別命(ホンダワケノミコト)。
〝一茶の寺〟で有名な炎天寺の隣にある神社。創建は不詳。例祭日は9月15日(大祭は6年に一度、次は平成27年)。その他4月29日に湯の花祭り、11月23日に新嘗祭(にいなめさい)を行う。
社伝によると、平安時代の天喜3年(1055年)6月、源頼義・義家父子が奥州に安倍一族の反乱鎮圧へ向かう途中、同寺社付近で野武士に遭遇し戦いとなった。ちょうど炎暑の厳しい頃で苦戦が続く中、義家は京の石清水八幡宮に祈り、太陽を背にして戦ったところ野武士は目がくらみ、勝利することができた。凱旋の後これに感謝して、この地に社殿を建立し、その傍らに、源氏の白旗(幡)が勝ったので幡勝山炎天寺を置き、村名を六月村と改めたと記されている。
また、この地周辺を望む小高い丘に義家軍の白旗(幡)を立て掛けた松の大木「旗掛けの松」があり、神社入口に今も植え継がれている。


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