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はくたひこじんじゃ

伯太彦神社
大阪府 河内国分駅

名称

伯太彦神社

読み方

はくたひこじんじゃ

通称

躑躅尾社、牛頭天王社

詳細情報

ご祭神《主》伯太彦命,広国押武金日命
ご由緒

近都飛鳥の安宿郡資母郷にあたる柏原市玉手山の安福寺に隣接した天王台と称する丘陵に伯太彦神社がある。
古くは躑躅尾社(つつじおしゃ)とも牛頭天王(ごずてんのう)とも称せられる。
創建年代は不詳であるが、平安末期階従五位下延喜式内の古社にして文徳天皇、天安2年(858)一月官社に列せられる。
御祭神である伯太彦命は古事伝承によれば伯孫百尊とも称される。
伯太彦命(宿孫百尊)は、田邊史の祖で崇神天皇の皇子の豊城入彦命の四世大荒田別命の子孫の努賀君の子とされる。
百尊の孫の斯羅が皇極の御代に田邊史一族として安宿郡の資母郷に居を構えたとの伝承がある。
白鳳から奈良時代にかけて栄えた藤原氏に仕えた田邊史一族がこの地に勢力を持っており、なかでも田邊史大隈は(中臣)藤原鎌足の資人として活躍した。
続日本紀に宝亀元年(770)称徳天皇が由義宮へ行幸した際、博多川(現在の石川)に臨んで宴遊し、百官等が曲水の詩を献上した。
翌日には、歌垣を行い
【淵も瀬も清くさやけし博多川 千歳を待ちて 澄める川かも】
と歌を言祝だ。
近くの玉手山丘陵は全山躑躅が咲き誇り盛んに花見の宴を催された様である。
明治4年大政奉還布告(神仏分離令)により寺より独立し、明治5年国史に於ける村社に列せられる。
明治42年2月に誉田神社へ合祀され、その後自然災害が続いた為、白木村より御神殿を新たに求め当地に祀られる。
昭和11年5月17日社殿を合祀先より当地に御復帰し若宮殿として並び再祀される。
昭和22年1月30日神社法人令により神社庁の神社法人となる。

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