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じょううんじ|浄土宗清凉山

浄運寺の御朱印・御朱印帳
兵庫県 西相生駅

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四季
四季
2022年03月21日(月)561投稿

浄運寺

~新撰元祖大師二十五霊場と多宝如来坐像~

山号  清涼山
宗派  浄土宗
御本尊 阿弥陀如来立像
創建年 1185年(文治元年)
開基  信寂

浄土宗の寺院で知恩院の末寺。
1185年(文治元年)、法然上人の弟子・信寂の開基。
播磨国の教化の道すがら、室津の長者十川氏の帰依を受け建立したと伝えられています。
元来は西方寺と呼ばれていましたが、慶長年間に浄運寺と改称されました。
1207年(建永2年)、京都より讃岐国へ配流される法然上人が室津に立ち寄り、遊女・友君へ説法したとされ、以来当寺は法然の遊女教化を伝える霊跡となっています。
遊女の元祖とされる友君、また『お夏清十郎』ゆかりの寺としても知られています。

御本堂
阿弥陀如来立像
当寺の御本尊。運慶作。
多宝如来坐像 
元は賀茂神社の旧仏。
明治の神仏分離(神仏判然令)により当寺へ移されました。
友君坐像 合掌する尼僧姿の友君の坐像。
お夏の木像『お夏清十郎』ゆかりの像。
恋仲となった清十郎の生家跡があります。
遊女友君の塚 西門前に建つ石碑。1339年(暦応2年)建立と伝えられています。

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「室津浄運寺の御詠歌」

かりそめの 色のゆかりの こひにたに
 あふには身をも をしみやはする

法然上人作に松濤基が曲を付した詠歌です。

霊沢は『大仏頂首楞厳経』に説く「二十五円通」の経説に基づき遺跡の数を二五の札所寺院に限られましたが、札所や番付の選定には「行脚発起助縁講頭蓮衆」であった亀屋浄正・助松屋道喜を講頭とする「大坂講」の意向を汲み取り、女人禁制の黒谷青龍寺のように番外としたところもありました。
札所には西国巡礼歌に準じ、当時は法然自詠とされていた詠歌を当て詠歌額も奉納し、「大坂講」は札所標石・道標を建てられました。
当初の二五の札所は、①美作国誕生寺、②讃岐国法然寺、③播磨国高砂十輪寺、④摂津国尼崎如来院、⑤勝尾寺かちおでら二階堂、⑥四天王寺念仏堂、⑦同所一心寺、⑧紀伊国大川報恩講寺、⑨大和国当麻往生院(奥院)、⑩香久山法然寺、⑪奈良大仏龍松院(江戸末期から指図堂)、⑫伊勢国欣浄寺、⑬山城国清水瀧山寺、⑭小松谷正林寺、⑮伏見源空寺、⑯粟生野光明寺、⑰嵯峨二尊院、⑱愛宕月輪寺、⑲寺町法然寺、⑳寺町誓願寺、㉑大原勝林寺(院)、㉒百万遍知恩寺、㉓寺町清浄華院、㉔黒谷金戒光明寺、㉕知恩教院(知恩院)です。

大正一二年(一九二三)には「新撰元祖大師二十五霊場」として、③十輪寺が室津浄運寺に、⑥四天王寺念仏堂が兵庫名号石に、⑧報恩講寺が高野山円光大師廟に、⑪指図堂が大仏殿に、⑰二尊院が嵯峨釈迦堂に、⑱月輪寺が太秦西光寺に、⑲法然寺が鹿ヶ谷法然院に、⑳誓願寺が比叡山黒谷報恩蔵の札所に
それぞれ変更されました。
しかし、昭和九年(一九三四)には旧来の札所が復活し、新撰の札所と並存しましたが、同三四年旧来の札所に戻されました。

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かつて西海路の港として賑わいをみせていた室津には、他の港町同様旅人のための遊廓があり、「室の君」と呼ばれた遊女の長は容姿・品格・芸技に抜きん出ていたため数々の伝承が残されています。
その一人であった友君についての伝承です。
友君は本名を「ふき」。
木曽義仲の第3夫人で、京都では山吹御前と呼ばれていました。その後義仲の討死により播磨国へ逃れた彼女は、途中の室津で子供を死産。供養のため当地に留まり遊女となりました。 遊女・友君となったふきは琴を弾き、踊りを舞い、今様を謡って船旅の客を接待しましたが、心付けを受け取ることは決してありませんでした。ただし、亡子と義仲の菩提を弔っていることを知った客人より「花代」「線香代」として差し出されたお金については有難くお受けされたそうです。 1207年(建永2年)、法然が潮待ちで当地に立ち寄った際、友君は小舟をこぎ出し、自らの遊女としての将来に対する不安を打ち明けます。法然は「罪は決して軽いものではない。早く他に生きる道を見つけなさい。もし良い案が浮かばないのならば、ひたすら念仏を唱えなさい。阿弥陀如来は罪深い者こそ救って下さる」との教えを請います。その説法に感激した友君は法然より得度を受け、当寺へ出家しました。後に赦免となった法然が京都への帰路室津に立ち寄り友君のことを尋ねると、彼女はその後、一筋に念仏を唱え往生されたとのことです。

~・~・~・~

御本尊から全ての仏像を拝見させて戴きました。
御本尊も丁度1年前(2021年3月)に、神戸新聞より
『阿弥陀如来立像に、胎内仏があることが9日、分かった。多摩美術大(東京)の青木淳教授(55)=日本美術史・宗教史=がエックス線撮影で確認し、写真を公表した。本尊の如来像は快慶の流れをくむ仏師が鎌倉中期に彫り、胎内仏は江戸期の修理時に加えられたと見られる。』と、記事になりました。

お彼岸(秋・春)には、海からの光が一直線に御本尊の足元まで届くそうです。
また今回お彼岸のお参りに、江戸時代の大涅槃図(約3畳程)が特別公開され、間近で見せて頂きその内容と迫力が眩しいものでした。

たつの市御津町室津168

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