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そがひめじんじゃ

蘇我比咩神社のお参りの記録一覧
公式千葉県 蘇我駅

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ひなぎく
ひなぎく
2025年07月05日(土)927投稿

下総国千葉郡の式内社になります。
昨年、神奈川県横須賀市に鎮座する走水神社の参拝をきっかけに当社を知り、上がらせていただきました。

蘇我比咩大神と千代春稲荷大神を主祭神とし、中世には春日信仰が中心となり春日大明神と称していたといいます。 

ご由緒によると、景行天皇の御宇、日本武尊は御東征のおり相模灘で暴風雨に阻まれ立往生してしまいました。龍神の怒りを鎮めるために妃の弟橘媛はその身を海中に投じましたが、その時同伴の五人の姫も一緒にその身を投じたといいます。
その五人の姫の一人は蘇我大臣の娘で、この地の海岸に打ち上げられ、里人の手厚い看護で蘇生され無事に都へ帰ることができたといいます。また里人は、日本武尊が東征の途中にて崩ぜられたことを知ると慰霊の社を建立しました。

この里人の行為に感激した第15代応神天皇は、特別の命により蘇我一族をこの周辺の国造として派遣しました。蘇我一族は代々春日神社、比咩神社を守護神としており、両社の御分霊をいただき「蘇賀比咩神社」を建立されたといいます。

また千葉県神社名鑑には別の伝承として、里人の介抱により蘇生されたのは弟橘媛のことで、媛が『我れ蘇り』と宣り給わったことからこの地を『蘇我』と称した、とありました。

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隼シューター
隼シューター
2026年02月04日(水)1111投稿

蘇我比咩神社に参拝し御朱印を頂きました。
毎月1日と15日は浄書していただけます。
カード型のお守を頂きました。
蘇我比咩神社は千葉市中央区蘇我に鎮座します。
ご祭神は蘇我比咩大神と千代春稲荷大神を主祭神とし、天照皇大神・春日神(経津主神・武甕槌神・天児屋根神・天児屋根比売神)・八幡神(応神天皇・比咩大神・神功皇后)を配祀する。
創建は、日本武尊の東征の際、相模から総国に渡ろうとしたとき暴風雨に遭い、それを鎮めるために日本武尊の后の弟橘姫が入水した。社伝によれば、そのとき弟橘姫に付き従ってきた5人の女性も一緒に水に入ったが、そのうちの一人、蘇我大臣の娘の蘇我比咩だけは浜に打ち上げられ、里人の看護により蘇生し、都に帰った。後に里人は、日本武尊が帰途に亡くなったことを聞き、その霊を慰めるために社を建てて祀った。応神天皇はその行為に感激し、蘇我一族をこの周辺の国造として派遣した。蘇我氏は春日大社と比咩神社を信仰しており、両社を勧請して蘇我比咩神社を創建したといわれています。
境内社には大三輪神社・大山阿夫利神社、天照八幡宮、浅間大神が、境内外に三峯神社が鎮座します。
#蘇我比咩神社
#千葉市
#千葉県
#御朱印

蘇我比咩神社(千葉県)

御朱印

蘇我比咩神社(千葉県)

由緒書

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みかん🍊
みかん🍊
2026年03月12日(木)212投稿

今回は推し活ではなく、フラッと千葉に行った時の参拝記録⛩
蘇我駅からだいぶ歩いたとこの住宅街の中にポツンと鎮座してました。
参拝者も自分しかいなく、私的にはベストな神社⛩
社務所はあったけど誰もいないパターンのやつかと思いましたが、ちょうど人がいる時だったので参拝した後御朱印を拝受出来ました!(参拝される方はホームページを見てから行った方がいいかと)
歴史はかなり古く、蘇我比咩神社の起源は、古代の英雄・日本武尊の東征伝説に関係しています。
東国遠征の途中、船が嵐に遭ったとき、
同行していた妃 弟橘姫(おとたちばなひめ) と5人の姫が海に身を投げて龍神を鎮め、航海を守ったと伝えられています。
その姫たちを祀ったことが神社の始まりとされています。 
約1500年の歴史を持つ古社です。地元では「蘇我神社」と呼ばれることもあり、地域の守り神として信仰されています。
主祭神は
• 蘇我比咩大神(そがひめのおおかみ)
• 千代春稲荷大神
さらに配祀として
• 天照皇大神
• 春日神(経津主神・武甕槌神など)
• 八幡神(応神天皇など)
が祀られています。
主に次のご利益があるとされています。
• 家内安全
• 開運招福
• 商売繁盛
• 五穀豊穣
• 厄除け
地域の守護神として信仰されてきました。
平安時代の法典 延喜式(927年) に名前が載っている神社で、
千葉市では唯一記載されている神社と言われています。
静寂な空間で凄く居心地いい神社でした⛩

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惣一郎
惣一郎
2021年05月27日(木)1269投稿

蘇我比咩神社(そがひめ~)は、千葉県千葉市中央区にある神社。式内社で、旧社格は郷社。蘇我比咩大神と千代春稲荷大神を主祭神とし、天照皇大神・春日神(経津主神・武甕槌神・天児屋根神・天児屋根比売神)・八幡神(応神天皇・比咩大神・神功皇后)を配祀。中世には春日神が信仰の中心で「春日大明神」と称された。

社伝によると、1500年前に創建。第12代景行天皇の皇子であった日本武尊が東征の勅命を受け、妃の弟橘姫らを連れ軍船で千葉沖に差し掛かったとき嵐に遭い、「龍神の怒り」を鎮めるために弟橘姫は5人の姫たちとともに海中に身を投じたところ、嵐は鎮まり日本武尊は無事航海を続けた。その海中に身を投じた姫の一人、蘇我大臣の娘が浜に打ち上げられ、里人の看護で蘇生し、無事都に帰ったが、そののち里人が東征途中で崩御した日本武尊を神として祀り社を建てた話を聞いた第15代応神天皇は感激し、蘇我一族を当地に派遣して国造とした。蘇我一族は代々「春日神社」と「比咩神社」を守護神としていたため、その両分霊を受け当社「蘇賀比咩神社」を建立した。
平安時代927年の延喜式神名帳では「下総国千葉郡 蘇賀比咩神社 小」と記載されている。江戸時代には、徳川家康が社領10石を寄進した。

当社は、JR京葉線・内房線・外房線・蘇我駅の南1kmの住宅街の中にある。近くにはフクダ電子アリーナのある千葉市蘇我スポーツ公園がある。境内は狭い道に囲まれ、周囲はすべて宅地化されており、旧郷社にしては狭く、旧村社クラスの広さ。雰囲気も<ザ・村の鎮守>といった感じだが、ちゃんと宮司さん常駐。

下総国の式内社として参拝することに。参拝時は平日の午後で、自分以外に参拝者はいなかった。

蘇我比咩神社の鳥居

境内入口の<鳥居>。社号標はない。

蘇我比咩神社の手水舎

参道右手の<手水舎>。屋根の下の彫刻がきれい。

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