こまがたじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方駒形神社のお参りの記録一覧
絞り込み


岩手県奥州市に鎮座する『駒形神社』へ参拝に上がりました👏旧社格が『国幣小社』そして『陸中一宮』として崇敬を集めてきた名社です。秋の雨☔が静かに降りしきる中での参拝になりました。参道に足を踏み入れると、雨に濡れた杉の古木が立ち並び、静寂に包まれていました。秋雨が社殿の色合いを一層深く見せ、その威厳を感じさせます。手水舎で身を清め、本殿へ進みました。
丁寧に整備された境内は清々しく、古社の風格が感じられます。本殿前で深く頭を垂れ、1500年もの長きにわたり、この地を見守ってきた駒形大神に、日頃の感謝をお伝えしました👏 境内社の『山神社』『鹽竈神社』『水沢招魂社』にも手を合わせました。荘厳な雰囲気の中での参拝は、より深く神様との対話ができたように感じられ、心身ともに清められました😊
【由緒・歴史】
駒形神社の創祀年代は不詳ですが、非常に古い歴史を持ちます。
◯駒ヶ岳山頂からの遷座
古くは焼石連峰の駒ヶ岳山頂に祀られており、最も古い伝承では、雄略天皇の御代(456年頃)、上毛野(かみつけの)氏の一族である上毛野胆沢公が駒形さまをお祀りしたとされています。
◯神階昇叙と式内社
平安時代に入ると、征夷大将軍の坂上田村麻呂による崇敬が篤く、朝廷に神階昇格が幾度となく奏上されました。その結果、貞観4年(862年)には従四位下に昇叙され、これは当時の陸奥国で最高位の神階でした。
そして、延喜5年(927年)に編纂された『延喜式神名帳』に記載され、式内社としての地位を確立しました。
◯水沢への遷座
峻険な駒ヶ岳山頂への登拝が困難であったため、平泉に栄華を築いた奥州藤原氏も駒形大神の分霊を束稲山(駒形山)にお祀りするなど、各地で崇敬されてきました。現在の奥州市水沢の鎮座地には、明治36年(1903年)に駒ヶ岳山頂の本宮の御神霊が奉遷され、現在の社殿が建立されました。
【ご祭神】
ご祭神は以下、6柱を総称し「駒形大神」とされます。
・天照大御神(アマテラスオオミカミ)
・天常立尊(アメノトコタチノミコト)
・國狭槌尊(クニノサヅチノミコト)
・吾勝尊(アカツノミコト)
・置瀬尊(オキセノミコト)
・彦火尊(ヒコホノミコト)


出張で岩手県へ。最終日は、移動のみで休日!
念願のみちのくひとり旅です。
一ノ関でレンタカーを借りて、最初の目的地の駒形神社へ。陸中一宮です。
もともと、1500年ほど前に駒ヶ岳山頂に祀られていましたが、明治36年に現在の場所に遷祀されました。
征夷大将軍の坂上田村麻呂が、蝦夷のアテルイと無血の戦の後、蝦夷の守護神でもあった駒形神社の神階昇格を何度も朝廷に申し出たそうです。862年には、東北で最高階位の神格を得て、後の延喜式神明帳にも記載される事になりました。
源頼義・義家公や、奥州藤原氏も尊崇して武運を祈願しています。
水沢市は大谷翔平の出身地なので、大谷にあやかって二刀流お守りなどもありました。
歴史が古いため祭神は不祥だそうですが、駒ヶ岳の奥宮の棟札に記されていた、天照大御神の直系四世代をお祀りしています。
天照大御神
天常立尊(アメノトコタチノミコト)
國狭槌尊(クニノサヅチノミコト)
吾勝尊(アカツノミコト) 天照様の子
置瀬尊(オキセノミコト) 天照様の孫=ニニギノミコト
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 天照様の曽孫=山幸彦
鹽竈神社、山神社、水沢招魂社、縁美須神社の境内社があり見所は沢山ありますが、個人的には七宝シャコ貝と塩焚き釜が興味深かったです。撫でると財力アップのご利益があるそうな。しっかり撫で撫でして、次の目的地へ向かいます。
もっと読む
岩手県のおすすめ🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ





























































