ことひらぐうとうきょうぶんしゃ
金刀比羅宮東京分社東京都 水道橋駅
社務所:09:00〜17:00
本郷三丁目からやわやわ歩いて移動。鎮座地は高松藩松平家下屋敷の邸内社(水道橋金刀比羅神社)として金刀比羅宮が祀られていた地であり、高松松平家12代当主松平頼朝氏より寄進された地です。しかし、そもそもは下板橋宿の名主板橋市左衛門宅の邸内社として文政二年(1819)に金毘羅大権現を勧請したことから始まります。現在は香川県にある金刀比羅宮の境外末社の地位にあります。都心に鎮座しているため境内は広くはなく、近くに讃岐うどんの店があったので妙に得心してしまいました。駐車場入り口脇に鎮座する水道橋稲荷社はこちらの境内社なのか詳細は不明です。ただ境内社にしては立派な造りとなっていました。
社号標
鳥居
昭和九年(1934)奉納の燈籠
嘉永二年(1849)奉納の狛犬
拝殿
本殿(覆屋)
燈籠
境内社
境内社鳥居
境内社 水道橋稲荷社(平成六年(1994)建立)
東京都文京区に鎮座する神社で、香川県仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮の分社である。神紋は丸に金。
文政2年、板橋市左衛門の邸内祠として祀られたことが始まりで、明治13年に神社として認められ、明治21年に当宮境外末社に加えられた。
明治23年には神田和泉町にあったものを、深川古石場町に遷座し、「深川のこんぴらさん」として親しまれていたが、昭和20年、戦災により建造物が焼失。
その後、昭和39年、讃岐高松藩の邸内社として奉斎されていた「水道橋金刀比羅神社」と「深川のこんぴらさん」を合祀し、文京区本郷に遷座。以来「水道橋のこんぴらさん」として親しまれている。
文政2年、板橋 市左衛門の邸内祠として祀られたのにはじまり、明治13年、神社として認められ、明治21年に当宮境外末社に加えられました。明治23年には神田和泉町にあったものを、深川古石場町に移転、「深川のこんぴらさん」として親しまれていました。しかし、昭和20年、戦災にあい建造物を焼失。讃岐高松藩の邸内社として奉斎されていた水道橋金刀比羅神社と深川のこんぴらさんを合わせ祀り、昭和39年、文京区本郷に遷座。以来「水道橋のこんぴらさん」として親しまれています。
名称 | 金刀比羅宮東京分社 |
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読み方 | ことひらぐうとうきょうぶんしゃ |
通称 | こんぴらさん |
参拝時間 | 社務所:09:00〜17:00 |
参拝にかかる時間 | 10分 |
参拝料 | なし |
トイレ | あり |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | なし |
電話番号 | 03-3811-2038 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.konpira.or.jp/about/branch/tokyo.html |
絵馬 | あり |
ご祭神 | 大物主神 倉稲魂神 |
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創建時代 | 昭和三十九年(1964) |
ご由緒 | 文政2年、板橋 市左衛門の邸内祠として祀られたのにはじまり、明治13年、神社として認められ、明治21年に当宮境外末社に加えられました。明治23年には神田和泉町にあったものを、深川古石場町に移転、「深川のこんぴらさん」として親しまれていました。しかし、昭和20年、戦災にあい建造物を焼失。讃岐高松藩の邸内社として奉斎されていた水道橋金刀比羅神社と深川のこんぴらさんを合わせ祀り、昭和39年、文京区本郷に遷座。以来「水道橋のこんぴらさん」として親しまれています。 |
体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り札所・七福神巡り |
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