とよひらじんじゃ
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楽しみ方豊平神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月30日(月) 18時39分48秒
参拝:2021年7月吉日
上毛野田道命・大山衹命・倉稲魂命の三柱を奉斎する。 主祭神上毛野田道命は、崇神天皇の皇子豊城入彦命より五代目の子孫にして東北地方の守護神として厚く崇敬せられ、特に延歴年間征夷大将軍坂上田村麻呂が奥羽地方平定に向かわれた時、田道命の神霊の御加護によりこれを平定することができ、後に今の青森県南津軽郡猿賀山に神霊を観請して社殿を建立したもので、猿賀神社は当神社の本社に当たる。 古典(日本書紀)によれば田道命は「仁徳天皇五十五年(西暦三六七年)勅命を受けて北夷の反乱平定のため東北地方に兵を進めたが、戦利あらず、伊寺の水門で戦死なさる。後に大蛇の姿となって平定した」とある。又社伝によれば「五十六年蝦夷の毒手に敗死なされ、従者その屍を仮葬し、賊を捨て帰京す。蝦夷その墳墓をあばくに、たちまち遺体大蛇と化 して毒気を吐発す。土人大いにおそれて鹿角郡猿賀野に祀って産土神となす。その後、二百年の星霜を経て、欽明天皇二十八年(五六七年)に大洪水あり。この時、田道命の神霊、白馬にまたがり漂木を舟として流れにしたがい、当地に移遷し給う、当地住民神霊を迎え奉て古木(鍋木)の洞穴に祀る」と、云われている。 当地域は東北地方移住者多く、それゆえに故郷の氏神様をお祀りしたものである。 さらに当豊平地区は開墾の途上で森林遠く連なり、これが伐採に大山衹命を祀り、開墾進み沃野美田の広がりに行くにつれて倉稲魂命(稲荷大神)を合祀して豊平地区の氏神様して奉斎され現在に至る。
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