とわたりじんじゃ
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楽しみ方登渡神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月10日(火) 20時06分48秒
参拝:2026年2月吉日
【千葉県編 ⑤】
太上神社様から登渡神社様へこちらも初参拝🙏🏻
初めましての神社様だったのに痛恨のミス😣
モバイルバッテリーを持ってくるのを忘れてしまい写真を撮っている途中でシャットダウン😱
御本殿や神楽殿など撮れませんでしたぁ😭
★登渡神社★
当神社は正保元年(1644年)9月5日、千葉家の遺族、登戸権介平定胤が祖先を供養するため千葉妙見寺(現在の千葉神社)の末寺(白蛇山真光院、通称登戸妙見寺)として妙見大菩薩を奉斉し、僧定弁に守護させたのがそのはじめであると伝えられております。その後、十四世興胤の時、慶応3年(1867年)12月26日、御社号を登渡神社と改め御祭神を天御中主神以下の造化三神に定め、明治41年(1908年)12月18日、登戸字鷲塚(千葉市新千葉三丁目)鎮座、鷲神社(御祭神 天日鷲神)を合祀し、四柱の神様をお祀りすることになりました。のち昭和48年(1972年)8月5日、御鎮座三百三十年記念臨時大祭を執行し、更に、平成2年(1990年)6月30日、本殿移築、弊殿•拝殿新築、また、神輿庫•大師堂•古札納所新築、その他末社の修理、境内地の整備等が成り遷座奉祝祭が賑
々しく斎行されました。今上陛下御大典という我国歴史上の佳年に、この大事業が成されたことは御神慮は勿論のこと、敬神の念篤き氏子崇敬者の皆様方の御尽力の賜物であると存じます。当神社の氏子崇敬者が千葉市西部地区全域に及ぶことから特に西千葉総鎮守と称えられ広く一般の人々から尊崇されております。
ー登渡神社HPよりー
太上神社様から登渡神社様へこちらも初参拝🙏🏻
初めましての神社様だったのに痛恨のミス😣
モバイルバッテリーを持ってくるのを忘れてしまい写真を撮っている途中でシャットダウン😱
御本殿や神楽殿など撮れませんでしたぁ😭
★登渡神社★
当神社は正保元年(1644年)9月5日、千葉家の遺族、登戸権介平定胤が祖先を供養するため千葉妙見寺(現在の千葉神社)の末寺(白蛇山真光院、通称登戸妙見寺)として妙見大菩薩を奉斉し、僧定弁に守護させたのがそのはじめであると伝えられております。その後、十四世興胤の時、慶応3年(1867年)12月26日、御社号を登渡神社と改め御祭神を天御中主神以下の造化三神に定め、明治41年(1908年)12月18日、登戸字鷲塚(千葉市新千葉三丁目)鎮座、鷲神社(御祭神 天日鷲神)を合祀し、四柱の神様をお祀りすることになりました。のち昭和48年(1972年)8月5日、御鎮座三百三十年記念臨時大祭を執行し、更に、平成2年(1990年)6月30日、本殿移築、弊殿•拝殿新築、また、神輿庫•大師堂•古札納所新築、その他末社の修理、境内地の整備等が成り遷座奉祝祭が賑
々しく斎行されました。今上陛下御大典という我国歴史上の佳年に、この大事業が成されたことは御神慮は勿論のこと、敬神の念篤き氏子崇敬者の皆様方の御尽力の賜物であると存じます。当神社の氏子崇敬者が千葉市西部地区全域に及ぶことから特に西千葉総鎮守と称えられ広く一般の人々から尊崇されております。
ー登渡神社HPよりー

月替り御朱印 2月

☆鳥居⛩️☆



☆手水舎☆

☆御社殿☆
本殿は総檜造り、銅板瓦葺屋根、奥行四間、間口四間の伽藍構造で嘉永3年(1850年)6月、信徒の浄財五百両をもって、葛飾郡八木村の棟梁紋次郎の施工により完成し、昭和6年(1931年)6月の大修理を経て現在に至っております。また御本殿の諸彫刻は信州上諏訪の立川内匠正の作になるものでその精巧壮麗さの故に。昭和43年(1968年)千葉市文化財として指定されました。
平成2年(1990年)の大造宮で本殿を現在の場所へ移築し、新たに鎌倉時代の建築様式に準じ、桧造り、間口六間、奥行三間の入母屋造銅板一文字茸の拝殿。前面を間口二間の流れを向拝とし、後方に間口五間、奥行二間半の切妻屋根の幣殿、神饌所、祭器庫を設け、幣殿は正面に高欄を廻し、床を桧板張り、天井は格天井鏡板張仕上げとしました。神輿庫、大師堂、古札納所新築、その他末社の修理、境内地の整備、植樹等が成されました。
その後、御鎮座三百五十年(平成6年)には神輿二基の修理、正面階段、参道の修復、鳥居が新規に建立され、平成二十四年九月に神楽殿、末社七社の神殿も新たに新築建立成り、平成27年7月には念願であった参集殿がみごと竣工されました。
【御祭神】
天御中主命(あめのみなかぬしのかみ)
高皇産霊命(たかみむすびのかみ)
神皇産霊命(かみむすびのかみ)
天日鷲命(あめのひわしのかみ)
本殿は総檜造り、銅板瓦葺屋根、奥行四間、間口四間の伽藍構造で嘉永3年(1850年)6月、信徒の浄財五百両をもって、葛飾郡八木村の棟梁紋次郎の施工により完成し、昭和6年(1931年)6月の大修理を経て現在に至っております。また御本殿の諸彫刻は信州上諏訪の立川内匠正の作になるものでその精巧壮麗さの故に。昭和43年(1968年)千葉市文化財として指定されました。
平成2年(1990年)の大造宮で本殿を現在の場所へ移築し、新たに鎌倉時代の建築様式に準じ、桧造り、間口六間、奥行三間の入母屋造銅板一文字茸の拝殿。前面を間口二間の流れを向拝とし、後方に間口五間、奥行二間半の切妻屋根の幣殿、神饌所、祭器庫を設け、幣殿は正面に高欄を廻し、床を桧板張り、天井は格天井鏡板張仕上げとしました。神輿庫、大師堂、古札納所新築、その他末社の修理、境内地の整備、植樹等が成されました。
その後、御鎮座三百五十年(平成6年)には神輿二基の修理、正面階段、参道の修復、鳥居が新規に建立され、平成二十四年九月に神楽殿、末社七社の神殿も新たに新築建立成り、平成27年7月には念願であった参集殿がみごと竣工されました。
【御祭神】
天御中主命(あめのみなかぬしのかみ)
高皇産霊命(たかみむすびのかみ)
神皇産霊命(かみむすびのかみ)
天日鷲命(あめのひわしのかみ)

☆狛犬様☆


☆浅間神社☆

☆御神水☆

☆稲荷神社☆




☆社務所☆
すてき
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