ゆげじんじゃ
弓削神社のお参りの記録一覧
甲斐・諏訪神社巡り⑫今回の神社巡りもこちらで最後、時刻は午後4時前。一宮浅間神社からナビに従い来ましたが、神社近くで迷いました。社叢が見えているので何とか鳥居まで到着。日本武尊東征に随行した大伴連の遠祖武日の館跡だとされ、御祭神にも大伴武日連命(おおともたけひのむらじのみこと)を祀り、神社南に弓削塚という武日の墳墓とされる古墳があります。こちらの神社も立派な朱の両部鳥居。確か表門神社も立派な両部鳥居があったような。この地区はどちらも立派な神社が多いですね。時間があったら、又この地区を廻りたくなりました。途中歌舞伎文化公園なるものがあり、この地が市川團十郎家発祥の地だということ初めて知りました。式内社に比定される古社で立派な神社でしたが、参道の石畳以外は昨日の雨のせいかぬかるんでおり隅々まで観ることが出来なかった。気になったの本殿左に鎮座する境内社に衢(ちまた)神社(祭神 八衢彦神・八衢媛神)、白神社(天日鷲神、津咋見神)地主社(祭神不明)が祀られている意味に興味がわきました。特にここの地主社の神様はどなたなんだろう?
参拝を終え、宮司様宅にてチャイムを鳴らすも応答なく、お留守のようでした。沢山の?があるので再訪の機会を与えてくれたと思い感謝します。
社号標
文政三年(1820)建立の両部両部鳥居
平成27年(2015)に大掛かりな保存修理が行われ綺麗になっています
由緒書
参道
境内社
灯籠
天保元年(1830)建立(伝)の随身門
狛犬
さらに進みます
灯籠
手水舎
神紋「剣に抱き弓」、初めて見ました
狛犬
拝殿
扁額
弘治二年(1556)建立の本殿
寛政二年(1790)奉納の灯籠
社叢説明板
由緒書
境内社 右から祖霊社、東照宮、地主社、
衢(ちまた)神社、
古代伝承上の神。 集落や道の要所にすわり,八衢比古神(やちまたひこのかみ)とともに邪神・悪霊の侵入をふせぐ。 伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が檍原(あわきがはら)で禊(みそぎ)をしたときに生まれた道俣神(ちまたのかみ)は,この両神をさしているともいう。
白紙社
機織、紡績、木綿の神
狛犬
御神木
【甲斐國 式内社巡り】
弓削神社(ゆげ~)は、山梨県西八代郡市川三郷町市川大門にある神社。式内社で、旧社格は郷社。祭神は、瓊瓊杵尊、木花開耶姫命、産火火出見命、日本武尊、大伴武日命。通称は「二の宮さん」と呼ばれるが、甲斐國二之宮ではなく市川郷二之宮であるとされる(市川郷一之宮は一宮浅間神社)。
創建は不詳。社伝によると、日本武尊東征の帰途、酒折宮を訪れた際、副将軍の大伴連武日は靭(ゆぎ)部の称号をいただき、その後市川青嶋の荘にとどまり一帯を治めた。当社はその館蹟であると伝えられ、社号の「弓削(ゆげ)」は靭部の転訛したもので、当社の南にある弓削塚は大伴武日命の墳墓であるとされる。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐國 八代郡 弓削神社 小」に比定されている。『日本後紀』や『続日本記』にも当社の記載がある。また、甲斐源氏の祖・刑部三郎義清の和歌が残されている。1582年に徳川家康が広州に入り市川に駐屯した際に、部下に例大祭御幸の神輿を担がせた故事がある。
当社は、JR身延線・市川大門駅の南東400mの多少起伏がある土地の住宅街の中にある。旧郷社らしいほど良いサイズの境内は、ほど良い本数の木々に覆われ包まれ感がある。西向きに立つ社殿が境内の東寄りに建っていて、境内西端の入口から参道を進み随神門を抜け、小高い場所の社殿に到達する。拝殿にはたくさんの命名表が貼ってあり、地元の信仰の篤さが伺える。
今回は、甲斐國の式内社ということで参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分たち以外には地元のお子さん連れの方が散歩していた。
※御朱印は、鳥居近くの宮司さん宅にて拝受できるが、参拝当日、宮司さんは不在で御朱印を拝受できないはずだったところ、ご家族の方のご厚意により郵送対応いただけた。感謝・感激!(o^―^o)
境内西端全景。本日は休日につき日本国旗が掲げられている。
境内入口の<鳥居>と<社号標>。鳥居は木製六脚鳥居。朱色が鮮やか。
参道を進むと左側にある石製小社。
正面に<隋神門>が見えてくる。
参道左側の<狛犬>。まだ新しそう。
参道右側の<狛犬>。
大きく立派な<隋神門>。江戸時代後期1830年の建立。入母屋造、瓦葺の六脚楼門。
隋神門をくぐったところ。
参道右側の<手水舎>。
社殿は一段高いところにある。
階段上左側にある<狛犬>。昭和戦前1934年の奉納。
階段上右側にある<狛犬>。
<拝殿>全景。入母屋平入り高床式寝殿造、向拝付き。中世武家住宅の様式とのこと。なかなか重厚感がある。
<拝殿>正面。左右の壁にたくさんの命名表が貼られている。支持が篤いのかな。
拝殿の右側、さらに一段高いところに境内社が見える。
五社の合社で、左から順に<白紙社>、<衢(ちまた)神社>、<地主社>、<東照宮>、<祖霊社>。室内に石祠が5基ある。
社殿右側から見た<本殿>。戦国時代の1556年建立。三間社流造、檜皮葺を1962年に銅板葺に変更。
社殿左側から見た<本殿>。
拝殿に向かって左手にある建物。<社務所>かな。
拝殿に向かって左側にある<御神木>。背の高い木は2代目で、1代目の白檀(柏槙)の木は樹齢800年の巨木だったようだが、江戸時代の落雷で焼失し根幹だけがのこっている。
最後に<社殿>全景。境内の包まれ感が心地良い~♪ (^▽^)/
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