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せんげんじんじゃ

淺間神社(忍野八海)

公式山梨県 富士山駅

参拝24時間
社務所9:00~17:00

投稿する
0555-84-2857

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について
御朱印
あり

忍野八海の守護神である「浅間神社」「諏訪神社」「稲荷社」の三面奉書となりますが、その他、兼務社や所管社などの朱印があるので問い合わせ下さい。

限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり

忍野八海の神水を使用しているので墨が少し薄い感じになります。
基本、三面奉書となりますので了承下さい。また希望があれば承ります。
兼務社や所管社などの朱印もありますがお問い合わせ下さい。

郵送対応
あり

不備があるといけないので先に電話で問い合わせを頂きます。
現金封筒で朱印の初穂料と返信封筒(切手を貼って下さい)を送って下さい。
兼務社もあるので必要な神社を記載して下さい。

御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

境内裏のお宮橋を渡ってすぐ右折 50台

おすすめの投稿

のぶさん
2020年09月08日(火)
1212投稿

浅間神社めぐり4軒目
忍野八海浅間神社⛩
近隣三ヶ所の御朱印を預かっているようで、こちらでまとめていただく事できました😊
宮司さんがとても親切に対応してくれました😊
創建は今から約1200年前の大同2年(807年)に創建されました。

文治2年(1186年)に現在地に社殿を再建し、建久4年(1193年)には鎌倉幕府初代将軍「源頼朝(みなもとのよりとも)」が富士裾野の巻狩りの際に鳥居崎鬼坂までを社領と定めました。
同年に鎌倉幕府から武運長久祈祷があり、鳥居地峠に「和田小太郎義盛」、「畠山次郎重忠」の寄進により神門と金剛力士像が建立されましたが、4天王のうち2天王像(東を守る「持国天」と南を守る「増長天」の阿形と吽形の2像)が神門に安置されており今も見ることができます。

慶長18年(1613年)に社殿を再建し、宝永2年(1705年)に本殿を三間社極彩色に再々建しました。
正徳3年(1713年)に東国の溝中・武州江戸本郷春木町の「伊右衛門・三佐衛門・喜平治」等により大僧正常然書の大鳥居の「富士大権現」扁額が奉納されました。

延享3年(1746年)に拝殿を再造営し、天保2年(1831年)に現在の天屋拝殿を再造営しました。
神門、及び拝殿は茅葺屋根のため幾度か葺き替えを行い、昭和51年(1976年)9月に忍野出身の「大森正男」氏による多額の浄財により銅板葺きとなり、現在に至っています。
本殿には重要文化財に指定されているご神体3体が祀られています。

桜の季節になると境内の「お宮橋」から見える富士山と桜の絶景が有名です。

淺間神社(忍野八海)の鳥居淺間神社(忍野八海)の鳥居淺間神社(忍野八海)の建物その他淺間神社(忍野八海)の手水淺間神社(忍野八海)の建物その他淺間神社(忍野八海)の本殿淺間神社(忍野八海)の本殿淺間神社(忍野八海)の狛犬淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の御朱印淺間神社(忍野八海)の建物その他淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の建物その他淺間神社(忍野八海)の建物その他淺間神社(忍野八海)の末社淺間神社(忍野八海)の庭園淺間神社(忍野八海)の庭園淺間神社(忍野八海)の動物淺間神社(忍野八海)の周辺淺間神社(忍野八海)の景色淺間神社(忍野八海)の庭園淺間神社(忍野八海)の庭園
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エム
2019年08月14日(水)
1342投稿

忍野八海浅間神社で参拝してきました。
有名な忍野八海の目の前に鎮座しています。
忍野八海は以前社員旅行で訪れておりましたが、とても混雑しているという印象しか残っていません。特にアジア圏の外国の観光客でごった返しています。
ゆっくり観光するという状況ではないので、ここは通過するのみで神社へ向かいました。
神社まで来ると、雑踏はだいぶ緩和されます。
境内には諏訪神社や八坂神社、稲荷神社などたくさんの摂社、末社が鎮座しています。
御朱印は摂社の稲荷神社、諏訪神社と合わせ、3体セットになっています。
一人の神職の方が対応されておるので少し列ができていましたが、手際よく書き入れされていました。

淺間神社(忍野八海)の御朱印淺間神社(忍野八海)の鳥居

鳥居の右横の社号標が面白い。
「せんげんじん~~~~~~じゃ」って書いてあるのでしょうか(笑)

淺間神社(忍野八海)の本殿

本殿

淺間神社(忍野八海)の建物その他

忍野八海浅間神社では、所管社・兼務社6つの御朱印も書き置きで頂けます。
富士山麓の広い敷地に点在している神社ですので、全てを参拝することは困難。なので、境内にある遥拝所でお参りして下さいとのことでした。

淺間神社(忍野八海)の食事

忍野八海で遅い昼食を取ることになりました。
時間は14時を過ぎていたので、どの食事処も売り切れ状態><
やっと入れたお店でも温かいうどんかほうとうしか無い・・・
仕方ないので、この暑い中カレーうどんを注文。しかし冷たいものは欲しくなります。
同行者が富士山サイダーを頼んだので、私は富士山コーラを頼んでみました。
おっと、コーラなのに色が白い!
雄大な富士を覆う美しい雪をイメージしたホワイトコーラとのこと。
味はしっかりコーラしてました^^

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例祭・神事

主な祭典

1月1日     歳旦祭    
旧暦1月14日   筒粥祭    
2月3日 節分祭    
2月17日 祈年祭    
5月2日 八十八夜祭   
5月3日  例祭(春季大祭)
6月9日  国重文指定記念祭
6月30日  夏越大祓式
7月15日  末社 八坂神社例祭
8月1日  末社 坐摩者例祭
9月1日  二百十日祭
9月19~21日 境内末社 諏訪神社例祭 (秋季大祭)
10月1日  末社 天狗社例祭
11月15日  七五三祭
11月23日  新嘗祭
12月31日  年越大祓式・除夜祭

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歴史

世界文化遺産、また、国指定天然記念物でもある忍野八海(国と忍野八海浅間神社の所有の八つの池)に鎮座する当浅間神社は大同2年(807)の創建です。地元では「忍野浅間神社(おしのせんげんじんじゃ)」、「忍草浅間神社(しぼくさせんげんじんじゃ)」、一般には「忍野八海浅間神社(おしのはっかいせんげんじんじゃ)」と称され、崇敬されています。

文治2年(1186)、現在地に社殿を再建し、建久4年(1193)に将軍・源頼朝が富士裾野の巻狩りの際に鳥居地峠から鬼坂までを社領と定められ、同年8月6日に鎌倉幕府から武運長久祈祷があり、鳥居地峠に和田小太郎義盛、畠山次郎重忠の寄進による神門と金剛力士像(運慶作と伝えられる)が建立されましたが、現在は二天王像(四天王のうちの持国天【東方の守で青】・増長天【南方の守で赤】の二像で阿形と吽形)が神門に安置されています。

慶長18年(1613)11月に社殿を再建。宝永2年(1705)11月に本殿を三間社極彩色に再々建。正徳3年(1713)6月に東国の溝中。武州江戸本郷春木町の伊右衛門・三佐衛門・喜平治などにより大僧正常然書の大鳥居の「富士大権現」扁額奉納されました。

延享3年(1746)4月に拝殿を再造営。天保2年(1831)に現在の天屋拝殿を再造営。神門、及び拝殿は茅葺屋根のため幾度か葺き替えを行われましたが、昭和51年(1976)9月に忍野出身の大森正男氏よりの多額の浄財により銅板葺きとなり、現在に至っています。

御神体は正和4年(1315)丹後の仏師・石見坊諍観の作で平成17年6月9日に国指定重用文化財として文部科学省から認定され、それぞれ木造女神座像(伝・木花之咲耶姫命-座高40.5cm)、木造男神座像(伝・鷹飼-座高37.2cm)、木造男神座像(伝・犬飼-座高36.9cm)で、三体とも檜材、一木造坐像、刀法をはじめ面貌までも似ており、わずかに着衣、双手等にちがいを見ることができます。胡粉地の彩色も経年ため古色を帯び、高貴な男女神の相好を示す優作です。

相殿神が御神体と異なるのは、明治元年(1868)の神仏分離令により権現などの仏教的な用語を用いることが禁止され、現在の神名になったとされています。

また、境内裏を流れる新名庄川には浅間神社のお宮橋があり、春には桜の名所として賑わいます。

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淺間神社(忍野八海)の基本情報

住所山梨県南都留郡忍野村忍草456番地
行き方

富士急行バス「富士山駅」から山中湖方面「忍野八海入口」下車

アクセスを詳しく見る
名称淺間神社(忍野八海)
読み方せんげんじんじゃ
通称忍野八海淺間神社(おしのはっかいせんげんじんじゃ)
参拝時間

参拝24時間
社務所9:00~17:00

トイレ社殿裏にあり
御朱印あり

忍野八海の守護神である「浅間神社」「諏訪神社」「稲荷社」の三面奉書となりますが、その他、兼務社や所管社などの朱印があるので問い合わせ下さい。

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり

忍野八海の神水を使用しているので墨が少し薄い感じになります。
基本、三面奉書となりますので了承下さい。また希望があれば承ります。
兼務社や所管社などの朱印もありますがお問い合わせ下さい。

御朱印の郵送対応あり

不備があるといけないので先に電話で問い合わせを頂きます。
現金封筒で朱印の初穂料と返信封筒(切手を貼って下さい)を送って下さい。
兼務社もあるので必要な神社を記載して下さい。

御朱印帳あり
電話番号0555-84-2857
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神主祭神:木花之開耶姫命
相殿:天津日高日子番能邇邇藝能尊・大山津見命
創建時代大同2年(802)
ご由緒

世界文化遺産、また、国指定天然記念物でもある忍野八海(国と忍野八海浅間神社の所有の八つの池)に鎮座する当浅間神社は大同2年(807)の創建です。地元では「忍野浅間神社(おしのせんげんじんじゃ)」、「忍草浅間神社(しぼくさせんげんじんじゃ)」、一般には「忍野八海浅間神社(おしのはっかいせんげんじんじゃ)」と称され、崇敬されています。

文治2年(1186)、現在地に社殿を再建し、建久4年(1193)に将軍・源頼朝が富士裾野の巻狩りの際に鳥居地峠から鬼坂までを社領と定められ、同年8月6日に鎌倉幕府から武運長久祈祷があり、鳥居地峠に和田小太郎義盛、畠山次郎重忠の寄進による神門と金剛力士像(運慶作と伝えられる)が建立されましたが、現在は二天王像(四天王のうちの持国天【東方の守で青】・増長天【南方の守で赤】の二像で阿形と吽形)が神門に安置されています。

慶長18年(1613)11月に社殿を再建。宝永2年(1705)11月に本殿を三間社極彩色に再々建。正徳3年(1713)6月に東国の溝中。武州江戸本郷春木町の伊右衛門・三佐衛門・喜平治などにより大僧正常然書の大鳥居の「富士大権現」扁額奉納されました。

延享3年(1746)4月に拝殿を再造営。天保2年(1831)に現在の天屋拝殿を再造営。神門、及び拝殿は茅葺屋根のため幾度か葺き替えを行われましたが、昭和51年(1976)9月に忍野出身の大森正男氏よりの多額の浄財により銅板葺きとなり、現在に至っています。

御神体は正和4年(1315)丹後の仏師・石見坊諍観の作で平成17年6月9日に国指定重用文化財として文部科学省から認定され、それぞれ木造女神座像(伝・木花之咲耶姫命-座高40.5cm)、木造男神座像(伝・鷹飼-座高37.2cm)、木造男神座像(伝・犬飼-座高36.9cm)で、三体とも檜材、一木造坐像、刀法をはじめ面貌までも似ており、わずかに着衣、双手等にちがいを見ることができます。胡粉地の彩色も経年ため古色を帯び、高貴な男女神の相好を示す優作です。

相殿神が御神体と異なるのは、明治元年(1868)の神仏分離令により権現などの仏教的な用語を用いることが禁止され、現在の神名になったとされています。

また、境内裏を流れる新名庄川には浅間神社のお宮橋があり、春には桜の名所として賑わいます。

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