なんぐうだいじんじゃ
南宮大神社山梨県 韮崎駅
参拝:24時間
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楽しみ方韮崎市 若宮八幡宮の兼務社

JR中央本線韮崎駅から徒歩50分くらいのところに居られます。
新羅三郎義光が甲斐任国の時に崇敬して社殿を造営したそうで
武田太郎信義、その嫡男一条次郎忠頼も篤く崇敬していたそうです。
ということを踏まえるとかなり歴史のある神社のようですね。
このあたり(甘利郷)きっての大社だそうで、徳川家が社領16石8斗、社地4600坪を寄進したということですので、かなり大きな力を持っていたことが伺えますね。
現在は1665坪に縮小されたということですが、それでも十分に大きな社領だと感じました。
社殿や随身門の赤い屋根が印象的で、私の地元石州の瓦と同じ赤ということで親近感をおぼえました。(瓦じゃないからこちらのほうが淡い感じがしましたけど)
残念ながら草が生い茂り兵どもが夢の跡感が出始めていますが
質実剛健な立派な神社だと思います。
なんだかんだでこのあたりでリュックの中には前日に頂いた山梨県内の各市町村の観光パンフレットがいっぱい詰まっており肩が限界になってきたので
ちょっとここでゆっくりと休憩させてもらっていたというね(^-^;

【甲斐国 式内社巡り】
南宮大神社(なんぐうだい~)は、山梨県韮崎市大草町にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。祭神は大己貴命、事代主命、建御名方命、金山彦命。
創建は不詳。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐國 巨麻郡 神部神社 小」の論社となっている。社伝によると、新羅三郎義光が甲斐任国の時、崇敬して社壇を造営した。武田太郎信義、その嫡男一条次郎忠頼も篤く崇敬し、武田一条氏が武川地方に封ぜられると当社を産土神として崇敬し、その支族の武川衆諸氏も当社に奉仕したと伝わる。
当社は、JR中央本線・韮崎駅の南方6kmの平地の小高い場所にある。境内は広く、樹木は多めで太い木々が林立している。社殿は昭和期に葺き替えられたのか、真っ赤なトタン屋根が印象的。境内社は石製小社以外には特に見掛けなかった。季節柄、桜の花がきれいに咲いていたのが良かった。
今回は、甲斐國の式内論社ということで参拝することに。参拝時は休日の夕方で、参拝者は自分たち以外にはいなかった。
もっと読む建御名方命を主祭神とし、大己貴命・事代主命・金山彦命を配祀する甘利郷きっての大社である。
新羅三郎義光が甲斐任国の時崇敬して社壇を造営したといい、武田太郎信義、その嫡男一条次郎忠頼も篤く崇敬し、武田一条氏が武川地方に封ぜられると、当社を産土神として崇敬し、その支族の武川衆諸氏も協力して当社に奉仕した資料を伝えている。
また武田信玄は当社の禰宜に対し、府中八幡宮に二日二晩参篭し、武田家武運長久と領内安穏の祈祷をすることを命じた。
徳川家が社領十六石八斗、社地四千六百坪を寄進したのは、武田家の例に倣ったものである。
戦前までは、境内に新羅三郎手植と伝えられる桜の巨木があり、植物学上、全国に比類のない珍種とされていたが、惜しくも枯死した。
(掲示されていた、由緒書きより抜粋)
| 住所 | 山梨県韮崎市大草町上条東割790 |
|---|---|
| 行き方 | 中央本線韮崎駅よりバス、南宮神社前バス停下車後徒歩1分(本数は少ない)
|
| 名称 | 南宮大神社 |
|---|---|
| 読み方 | なんぐうだいじんじゃ |
| 通称 | お南宮さん |
| 参拝時間 | 参拝:24時間 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| ご祭神 | 《主》建御名方命 《配》大己貴命,事代主命,金山彦命 |
|---|---|
| ご由緒 | 建御名方命を主祭神とし、大己貴命・事代主命・金山彦命を配祀する甘利郷きっての大社である。
(掲示されていた、由緒書きより抜粋) |
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