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耕田院の日常(391回目)山形県羽前大山駅

心を磨く清掃 

投稿日:2024年02月26日(月)
輪橋山徒然話 2024-2-26   心を磨く清掃 

◆人は「こころ」に右往左往させられる。ある意味得体の知れない「こころ」なのだが、そのアプローチは、「こころ」が何処にあっても体を調え、呼吸を調えることで「こころ」を調えることができる。「三調」、即ち「調身」「調息」「調心」である。

◆「こころを法界定印に取り出して、揉む」、「こころを臍下丹田に置き、練る」といった表現も教えてもらった。それは、「坐禅」や「写経」のような『静中の工夫』といわれるものだ。

◆それに対して『動中の工夫』がある。たとえば「掃除」である。

◆「掃除」によって「こころ磨く」と説くのは、鍵山秀三郎さん(イエローハット相談役)だ。鍵山秀三郎さんは、人の心は、そう簡単に磨けるものではない。ましてや、心を取り出して磨くなどということはできないが、しかし、目の前に見えるものを磨き、きれいにすることが心を磨くことになると説く。たとえば、人のいやがるトイレ掃除を長年続けていると、知らず知らずのうちに自分の心も浄化され磨かれるという。

◆その理由は「人は、いつも見ているものに心も似てくるからだ」という。汚れた便器を洗う時の心は「人をだましてやろう」とか、「誰かを陥れてやろう」「人を憎んだり、恨んだりする」気持ちは消えているという。

「掃除をすると心が磨かれる」  鍵山秀三郎

▶️心を無にして純粋な気持ちで取り組めるのが掃除。汚いトイレをきれいにしますと、気持ちがすっきりし、素直(純粋)な心になれます。

▶️素直(純粋)な心になりますと、不思議と先のことがよく見えるようになります。人間が心配のあまり不安な気持ちになるのは、先のことがよく見えないからです。

▶️素直(純粋)な心になり、先がよく見えるようになりますと、不安がなくなり、余計な取り越し苦労をしなくなります。結果において、精神が浄化され心が磨かれるのではないでしょうか。

◆掃除の意味を「人は、いつも見ているものに心も似てくるからだ」と鍵山秀三郎さんは説く。全く、その通りである。だから、汚れてしまってから、汚れているから掃除をするのではないのだ。そうであれば汚れなければ修行・掃除をする必要がなくなるではないか。

◆落ち葉が落ちない寺庭は、庭ではないのである。心も同様である。ただひたすら、心を込めて励むのである。磨くのである。これが『動中の工夫』である。

◆『動中の工夫』とは、行動に価値を付加、意味を添えることでもあると思う。行動に自分なりの意味ができ、発見や気づきが生まれる。それを「内なる変化」、成長という。その成長、その積み重ねが、人格に深まりを加えていく。つまり、自己の鍛錬の場なのだ。

◆いつもニコニコハラタテマイゾヤソカ

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耕田院(山形県)

すてき

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