耕田院の日常(318回目)|山形県羽前大山駅
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投稿日:2023年07月12日(水)
輪橋山徒然話
◆「ゼロ」=「零」(レイ)ではないようだ。
◆まず「ゼロ」の概念は紀元前の「無」ついて思考を深めていた古代インドで生まれた。その後ヨーロッパに伝わったという。古代エジプトやローマなどでは、すでに数学が発達していた。そこに後から「ゼロ」の概念が加わった。
◆「ゼロ」の概念とは「ある数に足しても引いても、その数が変わらない数」「x+0=xとなる唯一の実数」である。ぴったりの「0 」がゼロである。
◆日本に入ってきたのは明治時代と考えられている。すなわち「ゼロ」は外来語なのである。予想外に日本におけるゼロの歴史は浅いのだ。
◆一方で零(レイ)は古来に中国から伝来し、日本語となった漢語である。
◆.「零」①おちる。ふる。こぼれる。「零雨」「零砕」 ②おちぶれる。「零落」 ③小さい。少ない。わずか。はした。あまり。
◆例えば「飄零(ヒョウレイ)」ということばがある。「1 花びらや葉がひらひらと落ちること。2 おちぶれること。」という意味だ。飄とは風が吹く音である。風で少しずつ葉が落ちると意味であり、時間をかけて家運が傾いていく意味だ。
◆つまり「零」は、わずか、はした。あまりの意味があり、ぴったりの「0 」がゼロとは違うようだ。
◆天気予報で考えてみよう。例えば明日の降水確率が「0%」は「ゼロ」と「零」、どちらで読むのが正しいのだろう。
◆天気予報の降水確率は、同じ天気図があった場合、1mm以上の雨が特定の時間、特定の場所で雨が降る確率をいう。降水確率50%といった場合は、実は1%の位が四捨五入され、実際は46〜54%の確率なのだ。
◆ということは、降水確率が「0%」には、1%の位が四捨五入ということなので0%から5%未満という幅が存在することになる。つまり、絶対に雨が降らないということではない。だから天気予報では、明日の午前中の降水確率は「ゼロパーセント」ではなく、「零(レイ)パーセント」と読み分けているはずだ。
◆そういえば「0」をうまく遣い分けていることに気がついた。
◆例えば勉強したくないとき、子どもたちは「やる気0(ゼロ)」といいい、「やる気0(零)」とはいわない。また、テストの点数での「0点」を「零」という。
◆つまり、「やる気0」のゼロは、身も蓋もないまったく、全くやる気がないことをさす。そして「今日のテスト零点だった」は、「零点だった」が「ゼロ」ではないということだ。まだまだ希望はあるということだ。
◆それにしても、なんとなくあやふやなで曖昧で、ファジーである。しかし、この「そこはかとない幅」が日本語の魅力で奥深さといってもよい。
◯さてさて蒸し暑い。今日も雨模様か。
素直になると楽ですよ。雨が降ってきたことに腹を立てたって、仕方がないでしょう。
「雨だ。傘を差そう」と思えば、それでいいじゃないですか。(瀬戸内寂聴さん)
◯これがなかなか難しい。さて、今日も一日「□△○」と角を一つひとつ無くして「たおやかな」一日を。
いつもニコニコハラタテマイゾヤソワカ
ブログとHP↓
lit.link/oyama1049
◆「ゼロ」=「零」(レイ)ではないようだ。
◆まず「ゼロ」の概念は紀元前の「無」ついて思考を深めていた古代インドで生まれた。その後ヨーロッパに伝わったという。古代エジプトやローマなどでは、すでに数学が発達していた。そこに後から「ゼロ」の概念が加わった。
◆「ゼロ」の概念とは「ある数に足しても引いても、その数が変わらない数」「x+0=xとなる唯一の実数」である。ぴったりの「0 」がゼロである。
◆日本に入ってきたのは明治時代と考えられている。すなわち「ゼロ」は外来語なのである。予想外に日本におけるゼロの歴史は浅いのだ。
◆一方で零(レイ)は古来に中国から伝来し、日本語となった漢語である。
◆.「零」①おちる。ふる。こぼれる。「零雨」「零砕」 ②おちぶれる。「零落」 ③小さい。少ない。わずか。はした。あまり。
◆例えば「飄零(ヒョウレイ)」ということばがある。「1 花びらや葉がひらひらと落ちること。2 おちぶれること。」という意味だ。飄とは風が吹く音である。風で少しずつ葉が落ちると意味であり、時間をかけて家運が傾いていく意味だ。
◆つまり「零」は、わずか、はした。あまりの意味があり、ぴったりの「0 」がゼロとは違うようだ。
◆天気予報で考えてみよう。例えば明日の降水確率が「0%」は「ゼロ」と「零」、どちらで読むのが正しいのだろう。
◆天気予報の降水確率は、同じ天気図があった場合、1mm以上の雨が特定の時間、特定の場所で雨が降る確率をいう。降水確率50%といった場合は、実は1%の位が四捨五入され、実際は46〜54%の確率なのだ。
◆ということは、降水確率が「0%」には、1%の位が四捨五入ということなので0%から5%未満という幅が存在することになる。つまり、絶対に雨が降らないということではない。だから天気予報では、明日の午前中の降水確率は「ゼロパーセント」ではなく、「零(レイ)パーセント」と読み分けているはずだ。
◆そういえば「0」をうまく遣い分けていることに気がついた。
◆例えば勉強したくないとき、子どもたちは「やる気0(ゼロ)」といいい、「やる気0(零)」とはいわない。また、テストの点数での「0点」を「零」という。
◆つまり、「やる気0」のゼロは、身も蓋もないまったく、全くやる気がないことをさす。そして「今日のテスト零点だった」は、「零点だった」が「ゼロ」ではないということだ。まだまだ希望はあるということだ。
◆それにしても、なんとなくあやふやなで曖昧で、ファジーである。しかし、この「そこはかとない幅」が日本語の魅力で奥深さといってもよい。
◯さてさて蒸し暑い。今日も雨模様か。
素直になると楽ですよ。雨が降ってきたことに腹を立てたって、仕方がないでしょう。
「雨だ。傘を差そう」と思えば、それでいいじゃないですか。(瀬戸内寂聴さん)
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すてき
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