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耕田院の日常(306回目)山形県羽前大山駅

「忘れること」は、楽に逝くため脳のプログラム

投稿日:2023年06月28日(水)
◆「ボケるというのは、仏様になることです。」(瀬戸内寂聴さん)。人工知能開発者の黒川伊保子さんも何年もかけて、脳は活動を少しずつ停止し、そして死んでいく。それは、「楽に逝くためのプログラムの発動」である。6月4日「ぼけるというのは仏さまになること」の続きだ。

◆最近、家人も私も失望を通り越し、受け入れ始めている。
悔しいことに姿・形・声までは浮かぶ。

しかし、名前がでてこない。
昔お世話になった校長先生のお名前だ。

「あれ、あれ、あの人」

◆人工知能開発者の黒川伊保子さんは、「不惑の40代」は、「物忘れ」のスタートだという。しかし、この物忘れは、衰えというよりも絶妙な仕組みであり、誰の脳でも、物忘れは始まるという興味深いエピソードを紹介していた。(「60歳のトリセツ」扶桑社)

◆「脳は、要らないものから忘れる」

物忘れを意識した40代の頃。黒川先生は、師事していた言語学の先生に、その不安を打ち明けたそうだ。

齢80にならんとするその先生は、こうおっしゃった。「あなたが忘れるのは、まだ固有名詞だろう? 固有名詞なんて、たいしたことはない」

※「山田太郎」「東京」「富士山」など。人名、地名、国名、書名など個個の物事に対して一意に決める名称だ。人の名前はこの固有名詞にあたる。

「そのうちあなたがもう40年も生きていると」と師は続けた。
「普通名詞を忘れるようになる。」と。

※「普通名詞」とは一般的な物事の名前を表す。「四つ足で毛と尻尾があり、ワンと吠える生き物」これが「犬」という「普通名詞」だ。広く意味を束ねる言葉。先ほどの固有名詞がブルドックやチワワのように狭い意味の名詞となる。

言語学の先生は続ける。
「普通名詞を忘れるとね、ものの存在価値もわからなくなるんだ。たとえば、しゃもじを見て、これなんて言うんだっけ? と思ったとたん、それが何に使われるものだったかも闇に失せて思い出せなくなる」
-略-
「大丈夫。余計なものから、消えていくから。しゃもじがわからなくなるころには、自分でごはんをついじゃいないからね。逆に言えば、ごはんをついでいるうちは忘れないわけだ」

◆つまり、○○校長先生を忘れるのは固有名詞を忘れるということ。その次にくるのは、校長という普通名詞を忘れていくという順番があるのだ。その時は今覚えている姿・形・声、学校・担任した子どもの姿も一緒に忘れるのだ。

◆固有名詞を忘れ、やがて普通名詞も忘れていく。「忘れること」は、脳に予めプログラムされた、ゆっくりと「生」を終え、苦しみを取り除き仏さまに近づけようとする脳の導きなのだ。

◆さて、中島敦の「名人伝」で、史上最高の弓の名人は「至射は射ることなし」と弓矢を持つことはなかった。そして、名人が「しゃもじ」と同じように「弓」を忘れてしまうという結末を作者は準備した。

◆名作中の名作「名人伝」。この結末は「脳は、要らないものから忘れる」という原則に当てはめれば、それは至極当たり前のことではないかと思った。

「安心してください。物忘れは人が楽に逝くためのプログラムの発動です。」

◆いつもニコニコハラタテマイゾヤソワカ

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耕田院(山形県)

すてき

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