朝の散歩で「おかげさま」

◆黄砂の日は空が低く、外にでるのも億劫だった。しかし、この二、三日は朝の雲が美しい。日の出も早く、私はこの季節の朝が大好きだ。深呼吸しながら、先日のご法事で話されたご婦人のことを思い出した。

◆こんなお話しだ。

◆つい最近まで、外で話をしたり、お茶飲み話が制限されていた。話す機会がなくなった時期が随分続いた。ご婦人は数年前にご主人を亡くされ、お子さんは各自、他県ですでに家庭をお持ちだ。

◆家族は愛犬。この愛犬の散歩だけはコロナ禍であっても、少々の雨でも欠さなかった。

◆その方は私にこう言った。自分が犬の散歩している間じゅう「おかげさま」と心の中で繰り返していうようにしているというのだ。

◆「えっ??」

◆こんな感じだそうだ。
「おかげさま。」「おかげさま。」「おかげさま。」「ポチは元気ね。おかげさま。」「おかげさま。」「今日は朝からこんないい天気でおかげさま。」「昨日より緑が濃いはおかげさま。」「お空の雲がおかげさま」。そうしているうちに、目に入るもの全てが愛おしく思われるという。おかげさまの毎朝なのだそうだ。

◆さて、わたしも深呼吸しながら「おかげさま。」「おかげさま。」「おかげさま。」

◆朝日を探して「おかげさま」。新月はどこだろうと「おかげさま」。桜の若葉に「おかげさま」。「おかげさま」がいろいろ見えてくる。

◆「おかげさま」とは、陰に隠れて見えないけれども私たちを支え、護ってくれているものをいう。

◆お堂を支える柱がある。その柱の裏側もその柱を支えている土台も見えない。このお堂を建立しようと集まった方々、先先代の住職も見えない。しかし、今から100年前のその場所で記念写真が残っている。晴れやかなお顔がある。それがお堂の「おかげさま」。

◆「おかげさま」の一言で、忘れていた様々なことは蘇る。導かれる心もちである。今につながるすべてのもの。父と母・父の父と父の母。織りなす糸とはうまく言ったものだが。それらがなければ今がない。それら全てへ「おかげさま」。

◆朝の散歩で「おかげさま」と唱えるだけで自分の周りにあるお陰さまが動き出す。

◆おかげとは、かくれて見えていないもの。だから心をもっていかないとなかなかみえないのだ。一度「おかげさま」と心の中で唱えながら朝のお散歩はどうだろう。

◆瀬戸内寂聴さんは、昔は挨拶がわりに「おかげさま」だったという。「おかげさま」とは何かをしてもらったからいう感謝のことばだけではないのだ。忘れていた「おかげさま」を取り戻さねばならない。