かまやまじんじゃ
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楽しみ方竈山神社のお参りの記録一覧(3ページ目)

今日は所用を済ませた後、お守りを買うために竈山神社へ。
「お守りの効果は半年間。」と聞いているので、いつも夏越しの時期に神社を訪ねることにしています。
今回はどこでいただくか迷ったのですが、またお正月と同じ竈山神社に決めました。
竈山神社の神様、すごくすごく優しい気がします。
竈山神社にも夏越しの祓の茅の輪が飾ってあり、茅の輪には七夕の願い事の短冊も付いていました。
幼い子供の書く文字はどれも一生懸命で、願い事が叶う、と信じている心が表れているように思います。
大人になると、そんなに純真にものを思うことができなくなりますね…。
竈山神社の池のほとりには大好きな捩花が咲いていて、それも嬉しかったです。
【まいぷれ和歌山】で竈山神社の記事を書かせていただきました。
神話など詳しく触れています。よろしければ見てくださいね。

梅雨の晴れ間の鳥居です。

ぽっ、ぽっ、と雲が。

夏越しの茅の輪です。

心づくしの団扇がありがたい季節となりました。

大好きな捩花。

和歌山市南部、竈山の地に鎮座する。
「竈山」とは『古事記』『日本書紀』に見える地名で、両書では神武天皇(初代)長兄の彦五瀬命(五瀬命)が竈山に葬られたという。
当社はその彦五瀬命の神霊を祀る神社であり、本殿の背後には彦五瀬命の墓と伝える竈山墓(かまやまのはか、宮内庁治定墓)がある。
明治初期までは小さな社であったが、戦前の国家神道の発展に伴って最高の社格である官幣大社に位置づけられ、さらに社殿等が整備されて現在に至っている。また境外摂社として、式内社(名神大社)である静火神社を所管する。
和歌山市内にある日前神宮・國懸神宮と竈山神社、伊太祁󠄀曽神社に参詣することを「三社参り」と言う。








この月のお朔日参りは和歌山三社参り。
和歌山駅前でレンタサイクルを借り、
日前神宮・國懸神宮、竈山神社、伊太祁曽神社を
参拝しました。
(自転車だと結構キツイ!)
竈山といえば神武東征のおり、
登美毘古に矢で撃たれ深手を負い
(賤しい奴に打たれた傷のために死ぬのか!)
怒りの雄叫びを上げみまかった
神武天皇の兄・五瀬命(イツセノミコト)が
葬られた地。
(オオ、ここが・・・)と
感慨深くお参りしました。
授与所で御朱印をいただくと、
若い女性の神職の方が
神道や皇族に関する印刷物や
工夫を凝らしたしおりなど
いろいろ下さいました。
神職さんが親切だったり
頑張っておられるのに触れると
そのお宮を応援したくなりますよね。
私も応援してます、竈山神社。

#竈山神社
ご祭神はヒコイツセの命。
#彦五瀬命
古事記では五瀬命、日本書紀では彦五瀬命。古事記や日本書紀によれば、タマヨリヒメの命とウガヤフキアエズの尊の御子。
古事記・日本書紀ともに、ヒコイツセの命は4柱兄弟の長男。イナヒの命、ミケイリノ命、カムヤマトイワレビコの尊という弟がいる。そのうち末弟のカムヤマトイワレビコの尊が初代・神武天皇となった。
日向から始まった神武東征。大阪湾のあたりまでは無血だった。本当は戦闘があったのかもしれないが、少なくとも古事記などで語られていない。ところが大和を治めていたナガスネヒコは、場違いなくらい強敵だった。
ヒコイツセの命は矢を受けて負傷し、皇軍は潰走。
ヒコイツセの命は「太陽の血を引く我々が東に向かって弓を引くのは良くない。敵の東側へ回り込んで、日の勢いを追い風にして戦おう」と提案。実行に移されたが、彼自身は傷が悪化して力尽きた。
ここ竈山神社の境内にある古墳は、彼の御陵だという。
古事記では、神武東征が始まる前の部分に、イナヒの命とミケヌの命は海や”とこよの国”へ渡ったと書かれ、神武東征には一切、出てこない。
対して日本書紀だと、4兄弟全員が参加している。しかしヒコイツセの命を皮切りに次々と脱落してゆき、最後まで残ったのはイワレビコの尊だけだった。

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