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真宗大谷派

井波別院瑞泉寺のお参りの記録一覧
富山県 福野駅

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to_sun
to_sun
2025年07月17日(木)745投稿

【杉谷山(さんこくさん)真宗大谷派井波別院瑞泉寺(しんしゅうおおたにはいなみべついんずいせんじ)】
本尊:阿弥陀如来
宗派:真宗大谷派
開基:綽如(しゃくにょ)

~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第16番~
 
 瑞泉寺は、富山県南砺市井波にある真宗大谷派の別院。本山は東本願寺。永和年間(1375 -1379) 本願寺第5代 綽如上人が、杉谷(現在の八乙女山)の山中に草庵を結んで、親鸞聖人の教えを広めたのが始まりとされる。当時、中国から国書が朝廷へ送られてきたが、難解な文字があって、誰も読めない。それを、呼び寄せられた綽如が解読し、返事まで書いた。第100代 後小松天皇(在位:1382-1412)は、たいへん喜ばれ、北陸に真宗の中心寺院を建てたいという綽如の願いに応え、勅願所として瑞泉寺を建立するすることを許したという。
 瑞泉寺の伽藍は何度も焼け、そのたびに再建されてきた。現在の山門は1809(文化6)年、本堂は1885(明治18)年、太子堂は1918(大正7)年に再建されたものだという。
 ~境内の広さ、本堂の屋根の巨大さ、太子堂の優美さ、どれをとっても類を見ないものばかりだ。さすがに「信仰と木彫りの里」井波と盛衰をともにしてきた寺である。現在の伽藍は、どこを見ても非常に見事な井波彫刻で飾られている。山門のレリーフ、堂内の欄間や柱、屋根の妻飾りや破風などにまで、ことごとく彫刻が使われていた。~

~『百寺巡礼 第二巻 北陸』五木寛之(講談社、2003)~

井波別院瑞泉寺(富山県)

【高岡門】

井波別院瑞泉寺(富山県)

【寺号標】

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惣一郎
惣一郎
2023年01月10日(火)1269投稿

【越中國 古刹巡り】(過去の参拝記録)

瑞泉寺(ずいせんじ)は、富山県南栃市井波にある真宗大谷派の別院の寺院。山号は杉谷山。本尊は阿弥陀如来。別名は「井波別院」。

南北朝時代の1390年に浄土真宗本願寺派第5世宗主・真宗大谷派第5代門主であった綽如(しゃくにょ)上人により創建。戦国時代には、越中一向一揆の拠点とされ、1581年に織田信長の北陸方面軍・佐々成政の軍勢と戦い、堂宇を焼失した。1602年には本願寺の分立により「准如を十二世法主とする本願寺教団」に属するが、1649年には「教如を十二世法主とする本願寺教団」に転派した。明治時代の1879年に火災で山門以外の主要伽藍を焼失したが、1885年に本堂、1918年に太子堂が再建された。

当寺は、JR城端線・福野駅の南東6kmの緩やかな傾斜地にある。周囲は、おそらく当寺の門前町になっていて、石畳の古い街並みの中に旅館や土産物店が散在している。当寺の境内はかなり広く、伽藍の各建物、開山堂、本堂、庫裏、山門のいずれもが非常に大きくインパクトがある。ゆっくりと内部拝観をすれば、古刹の味わいを堪能できる。

今回は、『日本の古寺100選 国宝巡りガイド』(宝島社新書)に掲載されていることから参拝することに。参拝時は平日の午後で、我々以外にも数組参拝者を見掛けた。

井波別院瑞泉寺のその他建物

境内北西端入口の<寺号標>。

井波別院瑞泉寺(富山県)

境内に入ってすぐの<山門>。1809年の再建。高さ17.4m、重層の総ケヤキ造り。
真宗寺院建築の山門形式を代表する建物とされる。写真左側に「後小松天皇勅願所」の碑がある。

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かおけん
かおけん
2022年08月09日(火)386投稿

高岡から日本一の木彫りの街 井波へ移動し最初に行ったお寺です。

井波別院瑞泉寺の山門・神門

境内への入口となる高岡門。左右にはお城を思わせるような立派な石垣がありました。

井波別院瑞泉寺の山門・神門

荘厳な雰囲気の大門(山門)

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