しんばししおがまじんじゃ
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楽しみ方新橋鹽竃神社のお参りの記録一覧
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新橋で昼食休憩の機会があったので、鹽竈神社に寄ってお参りしました。駅周辺の繁華街のにぎわいからは少し離れたところ。雑居ビルやマンションに囲まれた塩釜公園の奥に神社があります。
港区が設置している石碑の「塩釜公園の沿革」によると、この場所は仙台藩伊達家の中屋敷があった場所。神社は仙台藩領の鹽竈神社(宮城県塩釜市)から分霊を迎えて上屋敷に祀ったものでした。中屋敷に移して邸内社としていましたが、その後、一般の人々も参拝できるようになったとのことです。明治になって大名屋敷はなくなりましたが、神社は残って、“江戸”を今に感じさせる場所となっているようです。
境内には稲荷社もあり、苔むした恵比寿さまと大国さまが並んで立っていました。
最近よく鹽竈の言葉を耳にし、気になりましたので東京にある鹽竈神社へお参りしてきました。
東京にいながら宮城を遥拝できる唯一の場所。
本社のあの階段を上らずともご利益を頂けてしまうという贅沢です
屋敷内でしたから、ここに階段は1段もありません。笑
境内は無人でしたが清掃員の方が一生懸命清掃してくださってました。
常日頃、お近くにお勤めの方が参拝してくださっているというのもあり、参拝された方々のお気持ちを書かれたノートもあって、これにはとても感動しました(*´Д`)
来年はお正月に是非伺いたいです!
賑わっている鹽竈神社を見てみたい♡
以下、細かいこと補足----------------------------------------------------------------
案内板によると元々は仙台藩の上屋敷内にあったそう(現在の日テレ)。
勧請したのは四代藩主、伊達綱村公。伊達家の崇敬は厚かったですが、中でも綱村公が一番厚かったようです。
鹽竈神社本社も時同じくして造替に着工しています。
(ちなみに伊達当主は歴代鹽竈神社の大神主となっています。)
十三代慶邦公のころまでの161年と長いこと東新橋の上屋敷居られたのだなあと思ったら、現在の塩釜公園内(仙台藩中屋敷跡)に移ったのが安政3年3月(か4月)のようなので、2月現在ではちょうど161年経過しているという偶然に気が付いてしまった私(゜-゜)!!
そして、一般へ参拝を許したのが明治11年2月。
明治11年は西暦で言うと1878年。今からちょうど140年前です。
なんだか良いタイミングで伺えた気がしてなりません。。
次回、宮城に行くときは鹽竈神社本社も伺う予定です。
また違った意識で伺えそうで気持高まります。
体力付けておかなくては(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑



「狛犬さん」いらっしゃい! TK007
JR「新橋駅」下車徒歩12分。
サラリーマンのオアシスにひっそりと建っています。
1695年、仙台藩第四代藩主の伊達綱村が塩釜市にある本社(塩釜神社)を分霊して勧請したのが始まりで、1856年に現在の場所である港区立の塩釜公園内に移転してきました。
塩釜公園あたりは、元々仙台藩の中屋敷があった場所です。
周りをビルに囲まれており、新橋には何度も立ち寄っていましたが、まったくノーマークでした。
境内は基本無住で、あまり手入れはされていない感じがしますが、逆に遺跡のような神秘的に不思議な感覚を受けました。
御朱印などは基本正月三が日だけだと思われます。
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