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楽しみ方西久保八幡神社のお参りの記録一覧
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宝珠院様から神谷町駅へ向かう途中にあるので西久保八幡神社様へ数年ぶりにお参りしました😊
以前から工事をしてるようでしたが、こんなに綺麗になってるとは思わなかった😳昔の面影は何もありません…少し寂しいですね
【御由緒】
寛弘年中(1004年~1012年)、源頼信によって石清水八幡宮を勧請、霞ヶ関の地に創建されたといわれる。
その後太田道灌による江戸城築城に際し、現在地に遷座された。
1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦に際し徳川秀忠の正室·崇源院は、家康·秀忠の戦勝と安全を当社に祈願した。
その報賽として社殿造営の遺志を残しており、1634年(寛永11年)年に社殿が造営されている。
この時、同時に御神体として八幡宮座像・仲哀天皇座像·神功皇后座像·不動明王立像·愛染明王座像も奉納されたが、1723年(享保8年)の火災により焼失した。
翌年には土蔵にて社殿が再建されたが、1811年(文化8年)に再び火災に遭い、1818年(文政元年)に再建された。
江戸時代には江戸八所八幡の一つに数えられ、周辺は門前町として賑わったという。
また1770年(明和3年)·1815年(文化12年)·1816年(文化13年)には大相撲も行われ、落語や講談で有名な横綱·阿武松緑之助も取組を行っている。
明治維新まで当社は八幡山普門院と称する東叡山の末寺であったが、神仏分離後は神社として独立した。
1872年(明治5年)、郷社に列したのち一時荒廃するものの、1909年(明治42年)には大修理が施されている。
1945年(昭和20年)3月、5月と二度の空襲で被災し、文政元年造の社殿はじめ神輿庫、社務所、神楽殿などを焼失した。
1953年(昭和28年)8月、総桧木造による社殿を再建、翌1954(昭和29年)には町内御輿庫も再建、同時に手水舎が氏子総代により奉納された。
2015(平成27年)7月、空襲で焼失したままであった御本社神輿が、氏子の総意協力のもと戦後70年ぶりに復興された。
平成29年8月11日、戦後初めて御本社神輿の神幸祭を行った。
令和の御大典を奉祝し、令和元年より社殿ほか神社施設の建て替えおよび境内整備事業、「令和の御造替事業」を開始。社殿は戦後復興時の様式を踏襲し流造の本殿と幣殿、拝殿を連結した複合社殿(権現造)により再建され、令和3年10月29日本殿遷座祭を斎行した。
御神徳は国家鎮守·勝運守護·開運·厄除·海上安全·交通安全·家内安全·社内安全·五穀豊穣·商売繁盛·安産·成長守護など多岐に亘ります。
ー西久保八幡神社HPよりー
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