あきるじんじゃ
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延喜式神命帳に武蔵國多摩郡の八座の筆頭に記されている神社です。

この地の開拓がはじまった頃、出雲國造の支族といわれる土師連男塩(はじのむらじおしお)という人物が氏神をお祀りし、初代の神主を務めたことが始まりと伝わります。

現在の社殿は、天保元年(1830)の大火で境内が全焼した後、明治二十一年(1888)幕末の頃からの政情不安も落ち着いたのを見計らって、建立されたものです。




阿伎留神社(あきる~)は、あきる野市にある神社。式内社で、旧社格は郷社。祭神は大物主神 (おおものぬしのかみ)、味耜高彦根神 (あじすきたかひこねのかみ)、建夷鳥神 (たけひなとりのかみ)、天児屋根命 (あめのこやねのみこと)の4柱。
創建は不詳。社名の由来を「畔切(あきる)」として、当地を開拓し農耕を始めた人々によって祭祀が始まったと考えられている。国史の初見は平安時代前期884年に『日本三大実録』で神階昇叙についての記載がある。927年の『延喜式神名帳』には「武蔵国多磨郡 阿伎留神社 小」と記載されている。鎌倉時代以降は武家の崇敬を受け、源頼朝、足利尊氏、後北条氏から神領の寄進を受けた。徳川家康が江戸に入府すると、1591年に10石の朱印地を受けた。明治時代に入ると近代社格制度の郷社に列し、1907年には神饌幣帛料供進社に指定された。
当社は、JR五日市線の終点・武蔵五日市駅の南西1kmの、秋川の河岸段丘上にある。幹線道路・都道33号線から少し入った住宅街の外れの林がまるごと境内という感じ。境内は草木が鬱蒼と茂っていて、あまり手が入っておらずワイルドな感じ。大きく立派な社殿と神輿舎を中心に、周りをいくつかの境内社が囲んでいる。
今回は、実は2回目の参拝。ネットでは社務所で御朱印を拝受可能と出ているが、前回参拝時は社務所の場所に気付かず御朱印をもらい損ねたので、御朱印をもらうためにあらためて参拝することに。今回は社務所を発見したが、誰もいなかったようで結局御朱印を拝受できず。御朱印の投稿記録も数年前以降ないため、もしかすると現在はやっていないのかも。参拝時、自分以外に夫婦と思しき男女が参拝していて、御朱印目当てに社務所を探しているようだった。
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(参拝2回目(2021年5月1日)分を先に投稿済み)
当日が初参拝。この日は奥多摩にバイクでツーリングに出掛け、奥多摩と青梅の神社を回る計画であったが、中央道の渋滞が思いのほかひどくて、予定外のルートをたどり、あきる野市通過時に、近くに当社があることを思い出し、プラン外で参拝することに。
プランをしてから参拝する場合には、事前に御朱印の有無を調べるが、今回は気まぐれで参拝したため、境内で社務所を探してはみたものの、人の気配がなかったので御朱印は諦めることに。後でネットで調べると、御朱印は存在することを確認。残念...涙
※2回参拝しても、御朱印は拝受できず。少なくとも令和元年8月には御朱印はあったようだが、現在はなくなってしまったのだろうか…

境内入口の<鳥居>と<社号標>。配置が他と異なり変わっていて、境内南東角に鳥居が東向きに立っていて、参拝者は西向きに入る。社殿は南向きなので、途中で北向きに曲がる。

鳥居をくぐると、突き当りに見えるのは<舞殿>。

あきる神社と読みます。あきる野市の「あきる」ですね。大物主神がご祭神です。本殿の写真がなくてすみません。
写真は末社の大鳥神社です。石組みに建つ社の古さと落ち葉のかかり方にしめ縄の紙垂の白さとのバランスに漂う雰囲気がなんとも素敵です。
大鳥の名前から日本武尊が祀られていると思ってましたが、後日調べてみたら思兼神(オモイカネ=高皇産霊神の子)・大名持神(オオナモチ=大国主)・事代主神(コトシロヌシ=大国主の子)の社殿でした。
いろいろと合祀されているようで境内には末社もたくさんあり、ご祭神の大物主はじめ味耜高彦根神・建夷鳥神・天児屋根命などなど國譲りに関わる神様が多く出てきてワクワクします^^
寒い時期でしたので、この後、少し先の秋川渓谷の瀬音の温♨️の温泉に寄りました。(クルマ移動です)
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