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たなしじんじゃ

田無神社のお参りの記録一覧
公式東京都 田無駅

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Kumiko
Kumiko
2021年08月09日(月)291投稿

ここ一週間の間に調べものをしている時に
偶然目にして
気になる神社だった為
まったく行った事ない駅にある神社ですが
一時的な大雨もあがり
晴れ間が覗いたので行ってみました。
立派な龍の木彫りと
津嶋神社(スサノオ)と塩竈神社(シオツチノオジ)の摂末社があった事がうれしかった。

それと一言で云えば主祀神の級津彦命は
風の神です。
おそらく今迄参拝した神社で
名前を見た事なかったのと神社の歴史が
複雑なので
以下神社のHP~引用しました。

江戸末期までの神仏習合の時代まで、尉殿大権現は西光寺(現総持寺)が別当を務め、倶利伽羅不動明王像(龍神)を御神体としていました。明治元年(1868)の神仏分離令によって、御神体の倶利伽羅不動明王像は西光寺本堂に奉安遷座することになります。日本の神として垂迹したのが級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)であり、本地仏が倶利伽羅不動明王であるとされています。田無の古文書に、倶利伽羅不動明王だけでなく、11面観音菩薩も本地仏である記述が残されていますが、はっきりしたことは判明していません。元和8年(1622)に宮山の尉殿大権現から分祀された上保谷村鎮守尉殿権現社(現尉殿神社)に祀られていた御神体も倶利伽羅不動明王像でありましたが、現在はかつての別当寺である寳晃院に収蔵されています。また、江戸時代に尉殿権現社の拝殿に掲げられていた、「尉殿大権現神号額」は西光寺(現總持寺)に引き取られました。
その後、尉殿大権現は明治五年(1872)に村内の熊野神社、八幡神社を合祀(註4)し、田無神社と社名を改めました。その際に、大国主命(おおくにぬしのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、八街比古命(やちまたひこのみこと)、八街比売命(やちまたひめのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、応神天皇(おうじんてんのう)等、国内諸神をお祀りしました。さらに明治43年に町内の5つの小社を合祀、昭和24年に大阪市阿倍野の大鳥神社より大鳥大神(おおとりのおおかみ)が分祀され現在に至っています。谷戸に鎮座していた弁天社、白山神社、熊野神社、稲荷神社も田無神社に合祀されたという記録が残されていますが、詳しいことはわかっていません。

田無神社の鳥居

田無駅~徒歩10分もかかりません

田無神社のその他建物

HPに十一面観音……まったく
行った事もない土地だけど
繋がってしまう理由があったかも…
ライオンズゲート月の妄想は止まらない。

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