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ちょうえんじ|新義真言宗月松山

長円寺
東京都 北千住駅

パーキング
駐車場
-
御朱印について御朱印
あり
ありません
限定
-
御朱印帳
-
ありません

その他の巡礼の情報

・荒川辺八十八ヶ所霊場
第47番札所
・荒綾八十八ヶ所霊場
第62番札所
別称
からたち寺

おすすめの投稿

ひでどらごん
ひでどらごん
2025年08月02日(土) 16時34分42秒
1140投稿

●月松山照光院 長円寺の歩み
長円寺は新義真言宗の寺院で、山号は月松山、院号は照光院。本尊は薬師如来です。出羽湯殿山の行者・雲海が寛永4年(1627)に庵を結び、後に賢俊が開山したと伝えられます。江戸時代には九代将軍家重の時代、16世栄照の代に特に栄えたといわれます。

●からたち寺とも呼ばれる風情あるお寺
かつて境内にはカラタチの生垣が続き、「からたち寺」と呼ばれて親しまれていたとのこと。山門から本堂まで真っすぐ伸びる参道の面影も残り、地域の記憶を今に伝えています。

●祈りと信仰の象徴「めやみ地蔵」
境内左手には、目の病や子育てに霊験あらたかな「めやみ地蔵」が安置されています。独特な「むかい目」のデザインを持つ千住絵馬が多く奉納されており、参道入口の吉田絵馬屋さんでは代々この絵馬が作られているとのこと。地元の信仰の深さが感じられます。

●神仏分離を越えて受け継がれた仏像
明治の神仏分離に伴い、隣接する千住氷川神社の本地仏であった魚籃観音が長円寺へ遷され、今も境内に安置されています。宗教の垣根を越えて地域の信仰が守られてきた歴史が印象的でした。

●文化財も多い、学びの場でもあったお寺
境内には享保17年(1732)の宝篋印塔や、「心香り尼碣」「正木大助撰文碑」など、江戸時代に教育に尽力した人々の足跡も残されています。近隣の寺子屋「群雀堂」ともゆかりが深く、地域に学問を根づかせた場でもあったことがうかがえました。

長円寺(東京都)

台風はどこ吹く風、とても青い空でした

長円寺(東京都)
長円寺(東京都)
長円寺(東京都)
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ま~ちゃん
ま~ちゃん
2025年08月02日(土) 07時19分57秒
222投稿

千住氷川神社の後、近くの長円寺に立ち寄る。 
山門横の めやみ地藏が目に入る。
惹きつけられるように境内へ。
山門を境にして、こんなに空気感が変わるんだと驚く。
ちょっとゾクッとしたが、次第に心地よくなりました。

猫の足あとHPより

長円寺の概要
新義真言宗寺院の長円寺は、月松山照光院と号します。長円寺は、出羽湯殿山の行者雲海が寛永4年(1627)当地に庵を結び、後に賢俊が開山したといいます。荒川辺八十八ヶ所霊場47番札所、荒綾八十八ヶ所霊場62番札所です。

本尊は薬師如来

長円寺(東京都)

山門

長円寺(東京都)
長円寺(東京都)

めやみ地藏

ウィキペディアより

山門の左側にあるお堂。子育と眼病平癒に効果があるので「めやみ地蔵」と呼ばれている。「むかい目」という独特のデザインによる千住絵馬が多く納められている。参道入り口に位置する吉田絵馬屋では代々「むかい目」の絵馬を作っている。

長円寺(東京都)

魚藍観音堂

ウィキペディアより

境内には、魚籃観音堂があり、魚籃観音が安置されている。元々は隣の氷川神社の御神体(本地仏)だったが、明治時代の神仏分離で当寺に移された。

長円寺(東京都)

本堂

長円寺(東京都)
長円寺(東京都)
長円寺(東京都)
長円寺(東京都)

宝懐印塔

長円寺(東京都)

宝懐印塔の中に青面金剛!

個人的に青面金剛をお見掛けすると嬉しくなる。
場所は違えど、7月の参拝は 青面金剛に始まり、青面金剛で終わった感じです

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歴史

新義真言宗の当寺は、延享元年(1744)の縁起によると寛永4年(1627)出羽湯殿山の行者 雲海がここに庵を結ぶ、とある。
後に賢俊が開山する。九代将軍家重の延享年間16世栄照の代は殊に栄えた。
本尊は木造の薬師如来小立像であり、定朝風の名作である。
扁額「月松山」は、明治2年(1869)、当地の寺子屋「群雀堂」三代の校主 正木健順の筆である。「心香り尼碣」は、同じく二代校主、正木大助の撰文で、心香尼の人となりと叙したものである。
その他、魚藍観音・目やみ地蔵・宝篋印塔(享保17年)・乳泉石等がある。
(足立区教育委員会掲示より)

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名称

長円寺

読み方

ちょうえんじ

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号03-3881-1976
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
絵馬

あり

詳細情報

ご本尊薬師如来
山号

月松山

院号

照光院

宗旨・宗派新義真言宗
創建時代

江戸時代初期

開山・開基

開山 雲海

文化財

魚籃観音立像(足立区登録有形文化財)

ご由緒

新義真言宗の当寺は、延享元年(1744)の縁起によると寛永4年(1627)出羽湯殿山の行者 雲海がここに庵を結ぶ、とある。
後に賢俊が開山する。九代将軍家重の延享年間16世栄照の代は殊に栄えた。
本尊は木造の薬師如来小立像であり、定朝風の名作である。
扁額「月松山」は、明治2年(1869)、当地の寺子屋「群雀堂」三代の校主 正木健順の筆である。「心香り尼碣」は、同じく二代校主、正木大助の撰文で、心香尼の人となりと叙したものである。
その他、魚藍観音・目やみ地蔵・宝篋印塔(享保17年)・乳泉石等がある。
(足立区教育委員会掲示より)

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