こまごめふじじんじゃ
駒込富士神社東京都 千石駅
参拝/24時間
社務所/山開き大祭(6月30日~7月2日)開所
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楽しみ方駒込天祖神社兼務社


東京都文京区本駒込に鎮座する神社。
天正元年(1573)に旧本郷村の名主・木村万右衛門と牛久保隼人が夢の中に現れた「木花咲耶姫命」の姿を受けて、現在の東京大学の地に駿河の浅間社を勧請したのが始まりと伝わる。
その後、寛永年間(1628〜1629)に加賀藩前田家の上屋敷が本郷に建てられたことに伴い、現在の本駒込の地へ遷座された。
江戸時代後期には「江戸八百八講、講中八万人」といわれるほど流行した富士講のなかでも、ここは最も古い組織の一つがあり、町火消の間で深く信仰され、火消頭の組長などから奉納された町火消の纏(シンボルマーク)を彫った石碑が数多く飾られている。
拝殿は富士山に見立てた富士塚の上にあり、江戸期の富士信仰の拠点の一つとなり、現在に至るまで「お富士さん」の通称で親しまれている。
現在は「駒込天祖神社」の兼務社となっており、授与品や朱印は天祖神社の方で行う

【麦わら蛇(旧型):駒込富士神社】
正月二日、嫁さんの実家に親戚が集まって来ました。
そこで話題に上がったのがコチラの「麦わら蛇」
聞いてビックリ!
嫁さんのお婆ちゃんは麦わら蛇の製作者だったそうで、自宅にテレビ取材が来た事があるとの事。
嫁さんも「お婆ちゃんと一緒に富士神社まで麦わら蛇を納めに行った事がある」と言っていました。
麦わら蛇は麦藁細工で作られた蛇の形をした縁起物。
宝永年間(約300年前)、駒込の百姓 喜八という人が夢告により作り始めたと言われています。
江戸時代には富士山信仰がたいへん盛んだったようで、富士講と呼ばれる人たちが高さ5m程の模造の富士山(富士塚)を作ったそうです。
東京には多くの富士塚が残っていますが、「駒込富士神社」は「駒込のお富士さん」として地元の人に親しまれてきました。
駒込富士神社では毎年6月30日~7月1日にかけて「富士講の小山開き」の祭りが行われ、祭りの期間中は今でも麦わら蛇が授与されています。
お婆ちゃんが作っていた「麦わら蛇」
大きな口から赤い舌を出した蛇が木に絡み付いている姿は剣に巻きついた蛇(倶利伽羅竜王)のようです。
手作りの温かみが伝わる縁起物。
この日、最後に残っていた麦わら蛇を頂戴しました。
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧下さい。
https://folktoys.blog.fc2.com/blog-entry-492.html
入手日:1994年1月2日
掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい。
本郷村の名主が天正元年(1573)、現在の東京大学の地に駿河の富士浅間社を勧請したことにはじまる。
寛永5年(1628)加賀前田家が上屋敷をその地に賜るにあたり、浅間社を現在地に移した。
拝殿は富士山に見立てた山の上にあり、江戸期の富士信仰の拠点の一つとなった。
6月末から7月はじめの山開きには夜店が出てにぎわいを見せる。
| 住所 | 東京都文京区本駒込5-7-20 |
|---|---|
| 行き方 | 都営地下鉄三田線「千石」駅より徒歩12分
|
| 名称 | 駒込富士神社 |
|---|---|
| 読み方 | こまごめふじじんじゃ |
| 参拝時間 | 参拝/24時間
|
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| ご祭神 | 木花咲耶姫神 |
|---|---|
| 創建時代 | 1573年(天正元年) |
| 創始者 | 本郷村の名主 |
| ご由緒 | 本郷村の名主が天正元年(1573)、現在の東京大学の地に駿河の富士浅間社を勧請したことにはじまる。
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| 体験 |
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