えいたいじ|高野山真言宗|大榮山
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楽しみ方永代寺のお参りの記録一覧
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江東区富岡に位置する永代寺は、高野山真言宗の寺院で、その正式名称は大栄山金剛神院です。寛永元年(1624年)、長盛上人によって永代島に創建され、江戸時代には富岡八幡宮の別当寺として栄えました。しかし、明治初年の神仏分離令によって廃寺となり、その後再興されました。
●創建の背景と歴史
永代寺の創建は、当時の富岡八幡宮に密接に関連しています。長盛上人が開山し、永代島の広大な砂州に寺院が建立されました。江戸六地蔵の一つもこの地に造立され、多くの信仰を集めていました。
しかし、1868年の神仏分離令により、永代寺は廃寺となりました。この時期、江戸の寺院は次々と消え、永代寺もその運命を辿ることとなります。しかし、1896年に旧永代寺の塔頭であった吉祥院が名称を引き継ぎ、再興され、現在の永代寺となりました。
永代寺は江戸時代に富岡八幡宮と密接な関係を持っていたため、歴史的にも重要な役割を果たしていました。実際、当時の地図には「永代寺門前町」と記されており、この地域の歴史に深く根付いています。
また、永代寺の住職は、長盛法印の子孫とされており、明治時代には八幡宮の宮司に就任したこともあります。
●現在の永代寺
境内には「厄除弘法大師」の石板があります。また、永代寺は御府内八十八ヶ所霊場の68番札所でもあります。
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深川不動堂であった出世稲荷の大祭の帰り、永代寺さんに寄って参拝しました。
こちらは高野山真言宗のお寺。
今の境内は小さいですが、明治以前の神仏習合時代はあの富岡八幡宮の別当を勤めていた寺院で相当大きかったです。
現在、深川不動堂がある場所は永代寺の境内で、その広さは深川公園の一部にまで広がってました(公園内に永代寺跡の石碑あり)。
門前仲町の「門前」というのは、神仏分離及び廃仏毀釈が生じる明治以前までは永代寺の門前という意味でした。
維新後に富岡八幡宮と永代寺は神仏分離で別けられて、永代寺は廃寺。当時、神仏習合の色が強い真言系や修験道は酷い弾圧を受けて廃寺になった寺は多いです。
永代寺は後に再興はされました。小さい形で。
門前仲町辺りにきた時、そうしたことを頭に入れながら、観光スポットともなっている深川不動堂や富岡八幡宮だけではなく、ぜひ参道にある永代寺も一緒にお参りしてみてください。
永代寺は御府内八十八ヶ所霊場68番札所。また江戸時代に富岡八幡宮の別当寺であった頃の江戸六地蔵第六番の御朱印もあります。
私はまだ江戸六地蔵の御朱印はいただいていないので、この次に行った時にいただこうと思います。
深川不動堂同様、花手水がすごく綺麗でした。
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