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楽しみ方永代寺のお参りの記録一覧
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インスタで「深川花手水2024秋」 のことを知り、行ってみました。
以前、江戸三十三観音巡りの際に,富岡八幡宮さんには伺いましたが、帰りの時間が押して,深川不動尊さん、こちらの永代寺さんに向かう深川不動尊商店会通りを後ろ髪を引かれながら、門前仲町駅に向かったので、よいキッカケとなりました。
右手奥の手水舎に入れられたお花が、広がり感のある花手水になっていて,とても素敵でした。
初めてのお寺で様子が分からず、先ず外からお参りして、御守りなども外に置いてあるのを見て、頂くには何処かで…と、入り口が開いている御本堂の中を見たところ,中でご参拝されている方や,ご住職(きちんと確認はしていませんが…お寺の方です)や何かPCで一緒に作業されている方もいらっしゃったので、私も中でお参りをして、御朱印のことをうかがったところ、その場で書き入れて頂けました。
お参りの方が次々と来られて、左手の子育て地蔵尊もお参りされる方が続き、地元で信頼されているお寺さんなのだなと思い、良い場所にお参りができました。
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江東区富岡に位置する永代寺は、高野山真言宗の寺院で、その正式名称は大栄山金剛神院です。寛永元年(1624年)、長盛上人によって永代島に創建され、江戸時代には富岡八幡宮の別当寺として栄えました。しかし、明治初年の神仏分離令によって廃寺となり、その後再興されました。
●創建の背景と歴史
永代寺の創建は、当時の富岡八幡宮に密接に関連しています。長盛上人が開山し、永代島の広大な砂州に寺院が建立されました。江戸六地蔵の一つもこの地に造立され、多くの信仰を集めていました。
しかし、1868年の神仏分離令により、永代寺は廃寺となりました。この時期、江戸の寺院は次々と消え、永代寺もその運命を辿ることとなります。しかし、1896年に旧永代寺の塔頭であった吉祥院が名称を引き継ぎ、再興され、現在の永代寺となりました。
永代寺は江戸時代に富岡八幡宮と密接な関係を持っていたため、歴史的にも重要な役割を果たしていました。実際、当時の地図には「永代寺門前町」と記されており、この地域の歴史に深く根付いています。
また、永代寺の住職は、長盛法印の子孫とされており、明治時代には八幡宮の宮司に就任したこともあります。
●現在の永代寺
境内には「厄除弘法大師」の石板があります。また、永代寺は御府内八十八ヶ所霊場の68番札所でもあります。
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