ずいしょうじ|黄檗宗系の単立|紫雲山
瑞聖寺のお参りの記録一覧
東京都港区白金台三丁目にある禅宗寺院。
宗派は黄檗宗系の単立。山号は紫雲山。本尊は釈迦如来。
寛文10年(1670)の創建で、開山は日本黄檗宗2代の木庵性瑫、開基は摂津麻田藩の2代藩主・青木重兼である。重兼は黄檗宗に深く帰依し、晩年には家督を譲って出家している。
江戸時代には江戸の黄檗宗の中心寺院として「一山之役寺」と呼ばれていた。
『江戸名所図会』によると山門・天王殿・大雄宝殿・禅堂等を備えた巨刹であったが、文政年間に大規模な罹災をした。
現大雄宝殿は高輪下馬将軍として名高い薩摩藩主・島津重豪により扁額を与えられると共に再建されるに至る。
大雄宝殿および通用門1棟は昭和59年(1984)に東京都指定有形文化財に指定され、平成4年(1992)に国の重要文化財に指定された。
白金氷川神社様から電車で一駅お隣にある瑞聖寺様へ半年ぶりにお詣りに行きました😊
晴れていて風も殆ど吹いていなかったので水庭を撮るチャンス😆前回、写真を撮りそびれてしまった場所も撮れましたぁ😍
【瑞聖寺】
黄檗宗系の単立寺院。
寛文10年(1670年)に創建し、かつては江戸における黄檗宗寺院の中心的存在であったが、第二次世界大戦後に黄檗宗より独立した。
大雄宝殿(本堂に相当する堂)は黄檗宗独自の様式のもので、国の重要文化財に指定されている。また、旧通用門がそれに附指定されている。
黄檗宗は江戸時代に中国から渡ってきた比較的新しい禅宗の一派で、その固有の建築様式には中国風味が色濃く残る。黄檗宗は小宗派で寺院自体あまり多くないが、それらの寺院でも黄檗固有の様式の堂宇を持つのはわずかである。東京都における他の黄檗建築としては、墨田区の弘福寺や小平市の円成院に、黄檗様式の山門及び大雄宝殿がある。
通年御朱印
左側 『南無釈迦牟尼佛』
右側 『布袋尊』
☆寺号標と北参道☆
☆地蔵堂☆
☆北参道の山門(旧通用門)☆
☆鐘楼☆
明治18年築
☆大雄宝殿(重要文化財)☆
☆大雄宝殿と月台☆
月台とはテラス状の張り出しのことで、江戸時代に現在の中国から渡ってきたものです😊
外廊下のような吹き出し
☆開梆☆
こちらも江戸時代に現在の中国から渡ってきたものです。
☆魚梆(かいばん)☆
これをたたいて儀式の刻限を知らせたものです。(現在の木魚の原形です)
☆御本尊•釈迦如来坐像(寄木造)☆
体部背面に金泥で記した「寛文十一辛亥」の銘があり、瑞聖寺開山の時の造像であったことがわかります。また、頭部内刳面に「音羽仏師祐運次郎兵衛」の墨書銘があり、京仏師の作とわかります。
☆両脇侍の阿難•迦葉立像(寄木造)☆
釈迦如来像の一具像として保存もよく、伝存するのは貴重です。
ー芝區誌よりー
御本尊様の両側にいらっしゃいます
☆水庭と庫裡☆
梅が咲いたら綺麗そうです
水庭に映る大雄宝殿😍自己満足ですが綺麗に撮れましたぁ😆
じつは、こちらへ到着したとき職員の方が竹箒で池の中を掃除されていたので水が濁って写真撮れないじゃ〜ん😭と心の中で泣いていましたが前回より綺麗に撮れました。スマホも変わったからかな😄
☆報恩堂☆
☆開山堂☆
☆東参道門☆
高麗門形式の旧通用門(重要文化財の附指定)
22.09.05。高野山東京別院の山門前の都営バス停「高輪警察暑前」から「目黒駅前」行きで5分、「白金台駅前」下車すぐ、港区白金台3丁目にある黄檗宗系の単立寺院。
山号 紫雲山
寺号 瑞聖寺(ずいしょうじ)
創建 寛文10年(1670年)
開山 木庵和尚(萬福寺第二世)
開基 青木重兼
(摂津麻田藩2代藩主)
本尊 釈迦如来
札所等 元祖山手七福神
布袋尊
【紫雲山 瑞聖寺について】HP
当寺は、江戸で最初の黄檗宗の寺院で、寛文10年から建設に着手し、翌年諸堂が完成しました。その後ニ回の火災被害を受けましたが、文化年間(1804〜18年)に再び整備されました。
大雄宝殿は黄檗宗寺院の中心的建物で、身舎(もや)の外側に裳階(もこし)を廻らせ、身舎の屋根は入母屋造、本瓦葺きで、寺格にふさわしい雄大な規模を持つ黄檗建築の仏殿です。練札から宝暦7年(1757年)の再建と推定されております。更に曲折を経て昭和60年(1985年)から63年にかけて解体修理が行われて、往時の雄大な姿が再現されています。
本日は元祖山手七福神巡りの最初として参詣。大雄宝殿(本堂)の立派さもさることながら、2018年に竣工した庫裡の斬新さが印象的です。
こちらは、著名な建築家の隈研吾氏の設計とのことです。
元祖山手七福神・布袋尊
寺号標
地蔵堂
山門(北側)
※東参道側に旧来の立派な山門がありますが見落としました。
※但し、現在は目黒通りから入る、こちら側が表入り口のようです。
参道
鐘楼
大雄宝殿(本堂)
国指定重要文化財です。
報恩堂
開山堂
斬新な庫裡方向
庫裡前が水庭
イベント等で利用されるようです。
書き置き御朱印を入れて頂いた袋です。
晴れて無風の日に来たかった瑞聖寺様。少し風はありましたが白金氷川神社様リベンジもかねて伺いました😊
瑞聖寺は寛文10年(1670年)に創建された。開山(初代住持)は日本黄檗宗2代の木庵性瑫である。木庵は日本黄檗主の祖・隠元隆琦の招きで明暦元年(1655年)に中国・明から来日し、寛文5年(1665年)に江戸入りした。開基(寺院創設の経済的基盤を提供した人物)は摂津麻田藩(大阪府豊中市)の2代藩主・青木重兼である。重兼は黄檗宗に深く帰依し、晩年には家督を譲って出家している。江戸時代には江戸の黄檗宗の中心寺院として「一山之役寺」と呼ばれていた。『江戸名所図会』によると山門・天王殿・大雄宝殿・禅堂等を備えた巨刹であった[3]が、文政年間に大規模な罹災あう。現大雄宝殿は高輪下馬将軍として名高い薩摩藩主・島津重豪により扁額を与えられる共に再建されるに至る。
大雄宝殿および通用門1棟は昭和59年(1984年)東京都指定有形文化財に指定され、平成4年(1992年)に国の重要文化財に指定された。
瑞聖寺創建350年記念事業として、既存庫裏老朽化による建替え工事を行っており、工期は平成29年(2017年)1月着工、平成30年(2018年)11月に完成している。
☆東参道門☆
現在は寺の北側の目黒通り側が境内入口になっていますが、本来あちらは裏門で、寺の東側が正式の入口でした。もと目黒通り側にあったこの高麗門形式の旧通用門(重要文化財の附指定)は、明治時代に東側に移築されました。
通用門(表門)を入った所から
☆大雄宝殿(御本堂)と月台☆入母屋造、本瓦葺き、黄檗建築。国重要文化財(建造物)指定
如来三尊像様と布袋尊様が祀られています。
年に1回、しかもたった1時間だけ内部公開されるようです。
☆水庭☆
水に映る逆さ大雄宝殿が見たくて、晴れて風のない日に来たかったのです😆
普段は入れませんが、水盤の上でイベントが行われたりします。
☆水庭と庫裏☆
左奥角に寺務所があります😊
寺務所の横にある庫裏の入口に飾ってありました。奥に庭園があるようです。
☆報恩堂☆
☆開山堂☆
☆鐘楼☆
明治18年築
☆案内図☆
最後に雲が映っていたのでパシャリ📸
通年御朱印
通年御朱印 『布袋尊』
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