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楽しみ方木母寺のお参りの記録一覧
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隅田川の東岸にあります。公式サイトでは以下の由来を紹介しています。
木母寺は平安時代中期の貞元2年(977)天台宗の僧、忠円阿闍梨が梅若丸の供養のために建てられた念仏堂が起源で、梅若寺と名づけて開かれました。
当寺に今も伝わる梅若伝説は、平安時代、人買にさらわれて、この地で亡くなった梅若丸という子供と、その子を捜し求めて旅に出た母親にまつわる伝説があります。この伝説を元にして、後に、能の隅田川をはじめ歌舞伎、浄瑠璃、舞踊、謡曲、オペラなど、さまざまな作品が「隅田川物」として生まれていきました。この隅田川物を上演する際に、役者が梅若丸の供養と興行の成功ならびに役者自身の芸道の上達を祈念して「木母寺詣」を行ったことから、芸道上達のお寺として広く庶民の信仰を集めるようになりました。
※引用終わり
境内で、ガラスの覆堂に納められて保存されている梅若堂は、第2次大戦末期の米軍の空襲でも焼けずに残りました。爆弾の破片などによる傷痕を肉眼で見ることができます。かつて戦争があったことを今に伝える貴重な建築物です。
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東武線「鐘ヶ淵駅」下車徒歩7分。天台宗寺院。
ご本尊は、地蔵菩薩と元三大師です。
977年、忠円阿闍梨が梅若丸の供養のために建てられた念仏堂が起源となっています。
「梅若寺」とも呼ばれ、平安時代に人買にさらわれて、この地で亡くなった梅若丸と
いう子供とその子を探し求めて旅に出た母親の伝説です。
現在では、「隅田川」という能をはじめ、歌舞伎やオペラでも演じられている。
その演者は梅若丸の供養と興行の成功とともに芸道上達を祈念してお参りしたことから
芸道上達のお寺として広く信仰を集めました。
隅田川沿いに首都高速の堤通ICの近く、付近は高層団地が立ち並び、東白髭公園の一角
に建っています。
今年の向島七福神の際にお参りできなかったので、帰り道すがら立ち寄って見ました。
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