じょうみょういん|天台宗|東叡山
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楽しみ方浄名院のお参りの記録一覧
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●歴史と由来
浄名院は、寛文6年(1666年)に圭海大僧都によって開山された寛永寺の塔頭の一つです。✨当初は「浄円院」という名前でしたが、享保8年(1723年)に現在の「浄名院」に改称されました。江戸幕府4代将軍徳川家綱公の生母、宝樹院の菩提所としても栄えた由緒あるお寺です。
●八万四千体地蔵の祈り🙏
このお寺は「八万四千体地蔵」で有名です。明治12年に第38世住職妙運大和尚が発願し、現在もその数は増え続けています。🙏境内を埋め尽くすお地蔵様は圧巻! 明治初期の廃仏毀釈で破壊された「江戸六地蔵」の一つが当院で再建された歴史も持ちます。
●別名「へちま寺」の功徳🌿
浄名院は「へちま寺」としても親しまれており、喘息治癒にご利益があると言われています。旧暦8月15日には「へちま供養」が行われ、多くの参拝者で賑わいます。


正式名:東叡山浄名院
通称:へちま寺
東京都台東区にある天台宗の寺院で、寛文6年(1666)、圭海大僧都によって開山された。
当院は寛永寺の塔頭であり、「寛永寺三十六坊」のひとつである。
江戸幕府4代将軍徳川家綱の生母・宝樹院の菩堤所でもあり、当初は「浄円院」という名称であったが、享保8年(1723)に「浄名院」に改称された。
当院は「八万四千体地蔵」の寺として知られ、これは明治12年(1879)に当院第38世住職妙運大和尚が84,000体の地蔵菩薩像の建立を発願したのが起源である。寛永寺貫首(輪王寺宮)であった北白川宮能久親王をはじめ、華族や財閥なども賛同し、多くの地蔵を奉納した。これは現在まで続いている。
また、ぜんそく・病気平癒を祈願する「へちま加持祈祷会」で全国的に知られており、別名「へちま寺」とも呼ばれている。


上野公園を中心として、広大な敷地を持つ東叡山寛永寺。
寛永寺は、根本中堂を中心として、幾つかの建物を持つ。
東叡山寛永寺とは独立してはいるが、谷中には天台宗寺院が多い。
ここもその1つだ。
浄名院は、寛永寺36坊の一つとしてとして圭海大僧都が開基となり寛文6年(1666)創建、享保8年(1823)に寺号を浄円院から浄名院へ改めたという。
こちらは、江戸六地蔵の1つとなっているだけあり、その地蔵の数に圧倒された。
そんな中、私が感激したのは、この可愛らしい招き猫だ。
こちらは、上野から谷中に向かう途中にあり、殆ど谷中と言ってもいいくらいの場所なのだが、谷中は猫の町。
ここ、浄名院さんでも、猫、猫だった。
谷中は最高やないかーい!
御朱印は、何種類かあるものを自分で選び、代金は賽銭箱にの方式であった。
御守りも、その方式である。
こちらは、通称「へちま寺」。咳、喘息に悩む人が祈りに参拝する寺だとか。
確かに、調べてみると、へちまには咳を鎮める作用があるのだ。昔の人に尊敬の念を感じる。
スタッフの対応も良く、素敵なお寺であった。





妙泉寺さんを出て、鶯谷方面へ歩く途中にあった浄名院さんに参拝に伺いました。寛永寺36坊の一つです。
山門からミストシャワーが出ていて、厚い日にはありがたい。
ご本尊は阿弥陀如来様ですが、なんといっても見どころは「八万四千体地蔵」。
境内には2万体を超えるお地蔵様が所狭しと並んでおり、圧巻です。
特に拝観料は必要なく、自由に入って見学できます。

御朱印は4種類用意されていました。本堂内のショーケースに入っており、自分で選び、御朱印代は賽銭箱に入れるシステムです。
どれを選んでよいのか分からず、結局全部頂いてしまいました^^;
こちらは御本尊の阿弥陀如来様の御朱印です。

八万四千体地蔵尊の御朱印
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