かんえいじ|天台宗|東叡山
寛永寺(根本中堂)のお参りの記録一覧
寛永寺をお参りした所、関連する場所があり6社は徒歩圏内にあったので御朱印貰ってきました。
7社目の群馬にある浅間山観音堂は機会があれば行ってみたいと思います。
心城院から🚶💨
こちらは知らなかった~🙏
いつも清水観音堂ばかり行っていた、こんなにいくつもあったとは💦💦
広~い境内にドーン、いいね、いいね(  ̄▽ ̄)✨✨
みぞおちに来る圧が好きだわ~😆⤴️💓✨
もう分かったので、また来ます✊❕❕
散々うろつき次へ🚶💨
徳川切り絵特別御朱印✨
本殿✨
お賽銭箱の脇から始まる柵の中に、寝ていたネコ(ФωФ)ちん✨
大きな木✨
下から✨
門のところの垂れ桜✨
お寺までの途中の桜①🌸
桜②🌸
桜🌸③
桜🌸④
参拝しました。
直書きの御朱印。
1月3日までは、休憩時間外は内陣で参拝出来ます。
1月3日までは?歴代将軍の肖像画が根本中堂内で展示されています。
本銅鐘は、将軍家霊廟の儀式鐘で、近世初期の鋳物師の活動や鋳造技術を知る上でも貴重な遺品のひとつです。
鬼瓦。
前から行きたかった寛永寺根本中堂へ。
寛永寺は比叡山を模して、1625年江戸城の鬼門に天海大僧正によって建立。
根本中堂は今の公園の大噴水のところにあったそう。
上野戦争で消失し、明治時代に川越喜多院本地堂が現在の地に移築されました。
平日の小雨の朝、立派なお堂をひとりでゆっくり参拝させていただきました。
遠目ですが、すばらしい仏像がずらりと並び壮観です。ご本尊は最澄上人ご自制と伝えられる薬師瑠璃光如来像(秘仏)
素晴らしい御朱印、お書き入れでいただきました
公園への道案内も丁寧にしてくださいました
はさみ紙
鶯谷から歩いて行きました
喜多院から移築された立派なお堂
勅額は落慶当時のもの
公園への道は静かで散策におすすめ
国立こども図書館
黒田清輝美術館
奏楽堂
旧寛永寺五重塔
1625年天海によって創建された。
4代家綱、5代綱吉の廟が上野に営まれ、以降徳川家の菩提寺となった。
元々の境内地は現在の上野公園全域に渡っており、創建当事の根本中堂は上野公園にあったが、幕末の彰義隊の兵火で焼失した。
現在の根本中堂は1879年に川越喜多院の本地堂(1638年建築)を移築したものである。
清水観音堂は1631年の建築、旧本坊表門は寛永年間(1624年~1644年)建築で重文指定されている。
上野に大仏があったのは知らなかった。かつては大仏殿も存在していた。
1631年漆喰製のものが初代であったが地震で倒壊したため、万治年間(1658年~1661年)に金銅製の2代目を鋳造。1698年大仏殿が建築された。
1841年大仏殿が焼失、大仏の頭部が溶ける。
現在の大仏の名残(顔のレリーフ)は1843年に鋳造された3代目のものである。
1875年に大仏殿が撤去され露仏となり、1923年の関東大震災で頭部が落下、大破した。
1940年大東亜戦争の軍需金属資源として胴体が供出され、現在は顔部分のみが残されている。
根本中堂
根本中堂
鐘楼
梵鐘
1681年4代将軍徳川家綱の一周忌に厳有院殿廟前に奉納されたもの。明治維新後に寛永寺根本中堂の鐘として現在地に移された。
慈海僧正墓
常憲院霊廟勅額門(5代将軍・徳川綱吉の霊廟門・1709年建築で重文)
常憲院霊廟勅額門(5代将軍・徳川綱吉の霊廟門・1709年建築で重文)
常憲院霊廟勅額門(5代将軍・徳川綱吉の霊廟門・1709年建築で重文)
常憲院霊廟勅額門(5代将軍・徳川綱吉の霊廟門・1709年建築で重文)
厳有院霊廟勅額門(4代将軍・徳川家綱の霊廟門・1681年建築で重文)
厳有院霊廟勅額門(4代将軍・徳川家綱の霊廟門・1681年建築で重文)
厳有院霊廟勅額門(4代将軍・徳川家綱の霊廟門・1681年建築で重文)
厳有院霊廟勅額門(4代将軍・徳川家綱の霊廟門・1681年建築で重文)
厳有院霊廟勅額門(4代将軍・徳川家綱の霊廟門・1681年建築で重文)
厳有院霊廟水盤(重文)
厳有院霊廟水盤(重文)
厳有院霊廟奥院唐門(重文)
厳有院霊廟奥院宝塔(重文)
寛永寺旧本坊表門(重文)
寛永寺旧本坊表門(重文)
寛永寺旧本坊表門(重文)
輪王殿
天海僧正毛髪塔
没地である旧本覚院跡に建つ天海の供養塔。本覚院伝来の毛髪が納められている。
天海僧正毛髪塔
没地である旧本覚院跡に建つ天海の供養塔。本覚院伝来の毛髪が納められている。
清水観音堂(重文)
清水観音堂(重文)
不忍池弁天堂
大黒天堂
蓮池
蓮池
大仏山パゴダ
上野大仏
開山堂(両大師堂)
開山慈眼大師・天海と慈恵大師・良源を祀る。
阿弥陀堂
開山堂山門
東京都台東区の寛永寺様にて、切り絵御朱印「徳川御朱印」を頂きました☺️
寛永寺は徳川家の菩提寺ですので、葵の御紋をメインに、夏の鳥「三光鳥」と夏花「朝顔」をモチーフにデザインされております。
ライトブルーを貴重に涼しげな御朱印です😄
猛暑にピッタリ😄
超有名な徳川家菩提寺、初めて参拝させて頂きました。
直書きで大変立派な御朱印です。
本来は、この場所に建てられていたそうです。国立博物館突き当たり左側を歩いて根本中堂を目指しました。途中色々と見物出来ました。
東大の“赤門”に対して“黒門”と言われている。
子供の頃、この京成電鉄 (旧)博物館動物園駅を利用した事があるような気がします。この旧駅を右折してひたすら真っ直ぐ歩いて行くと寛永寺の霊園があり霊園の左側に根本中堂が有ります。
現在閉鎖。懐かしいです。
根本中堂に着きました。
御朱印は、真っ直ぐ中に入って左側で頂けます。
江戸城+菩提寺寛永寺=徳川家のスケールは物凄い事が判ってきました。
上野恩賜公園全体が本来の寛永寺境内。
中国や韓国で石碑を見ると、土台が亀の形に造られている。この土台を「亀趺(きふ)」という。
なぜ、亀が石碑を支えるのだろうかと疑問を持たれようが、これ、本当は亀ではない。土台の装飾は、中国ではもともと、「贔屓(ひいき)」に造られていた。「贔屓目(ひいきめ)にみる」「贔屓にする」「ご贔屓筋」。特定の人を特別扱いする、あの贔屓である。
(参考資料より引用)
何気に珍しい物らしい。
お寺を出て左の道沿いをひたすら歩き寛永寺旧本坊表門に目指します。
東京都のおすすめ2選🌸
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