かんえいじかいざんどう
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楽しみ方寛永寺開山堂のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年09月16日(火) 13時23分05秒
参拝:2025年9月吉日
東叡山寛永寺(根本中堂)より歩いて、開山堂へ。
散歩するのに、程よい距離感。雰囲気のある建物が並ぶ。
急に人混みになったと思ったら、東京国立博物館。それを超えると開山堂があります。
寛永寺開山堂HPより
↓
開山堂は、東叡山寛永寺の開山である慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正と、天海大僧正が尊崇していた慈恵大師(じえだいし)良源(りょうげん)大僧正をお祀りするお堂で、現在のお堂は平成5(1993)年に再建されたものです。
もともとの創建は正保元(1644)年で、前年に亡くなられた天海大僧正を祀る「開山堂(かいさんどう)」でしたが、後に寛永寺本坊内にあった慈恵堂(じえどう)から慈恵大師像を移し、慈恵・慈眼のお二人のお大師をお祀りしたことから一般に“両大師(りょうだいし)”と呼ばれ、庶民に信仰されています。
散歩するのに、程よい距離感。雰囲気のある建物が並ぶ。
急に人混みになったと思ったら、東京国立博物館。それを超えると開山堂があります。
寛永寺開山堂HPより
↓
開山堂は、東叡山寛永寺の開山である慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正と、天海大僧正が尊崇していた慈恵大師(じえだいし)良源(りょうげん)大僧正をお祀りするお堂で、現在のお堂は平成5(1993)年に再建されたものです。
もともとの創建は正保元(1644)年で、前年に亡くなられた天海大僧正を祀る「開山堂(かいさんどう)」でしたが、後に寛永寺本坊内にあった慈恵堂(じえどう)から慈恵大師像を移し、慈恵・慈眼のお二人のお大師をお祀りしたことから一般に“両大師(りょうだいし)”と呼ばれ、庶民に信仰されています。




門を入って左側にお地蔵様

右側には阿弥陀堂。
薄暗いところに3体の像が迫力ありました。
薄暗いところに3体の像が迫力ありました。

堂内は入れます。
御朱印もそちらで。
御朱印もそちらで。

書置きでいただきました。





ここから隣の敷地に入る

旧本坊表門(国指定重要文化財)
門から出入り出来なかったので、内側から撮影。
東叡山寛永寺HPより
↓
寛永寺の本坊は、現在の東京国立博物館の地に建立されました。(寛永二年(1625)初建)
しかし慶応四年の彰義隊の戦争により焼失し、現在はその表門だけが往時の姿を留めています。
門には現在でも官軍の攻撃による弾痕(だんこん)が数多く残り、戦争の激しさを偲ばせています。
門から出入り出来なかったので、内側から撮影。
東叡山寛永寺HPより
↓
寛永寺の本坊は、現在の東京国立博物館の地に建立されました。(寛永二年(1625)初建)
しかし慶応四年の彰義隊の戦争により焼失し、現在はその表門だけが往時の姿を留めています。
門には現在でも官軍の攻撃による弾痕(だんこん)が数多く残り、戦争の激しさを偲ばせています。

輪王殿
東叡山寛永寺HPより
↓
旧本坊表門を正門とする輪王殿は、多目的な会館として建築されました。使用目的に合せて前後に二つの会場を備えており、また公共の交通など利便性に優れた式場として多くの方に御利用頂いております。
東叡山寛永寺HPより
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旧本坊表門を正門とする輪王殿は、多目的な会館として建築されました。使用目的に合せて前後に二つの会場を備えており、また公共の交通など利便性に優れた式場として多くの方に御利用頂いております。
すてき
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ま~ちゃん246投稿
令和七年一月、急に神社巡りがしたくなりました。 意識すると、身近なところに神社がたくさん存在してる事に気が付きました。小さいところから有名どころまで参拝できたらと思ってます。もっと読む
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