ごじょうてんじんじゃ
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楽しみ方五條天神社のお参りの記録一覧

【東京都 台東区】(ごじょうてんじんじゃ)
花園稲荷神社の境内から、いつの間にか五條天神社に移動しています。
後で知れば、特に決められた「境」はない様です。
そのせいか「手水舎」を間違えてしまいました。
こちらの五條天神社は「医療の神様」です。
病気平癒・無病息災はもちろんのこと、多くの医療関係者も参拝に訪れるようです。
自分のお子さんが医療関係に携わるような関係の方も参拝に訪れることと思います。
帰りがけに社務所に「今までお世話になりましたが、今後は来れなくなってしまいます。今までのお礼ですので皆様で召し上がってください。」とお菓子らしい包み箱を置いて行かれた女性がみえました。
観察していたわけではありませんが、ちょうど帰り口の鳥居でも一緒になり、その方の深い拝礼と何やら感謝らしい言葉を口にされているお姿が印象的でした。
きっと深いわけがあったのでしょう・・・。
自分も今後、神社や寺院に大きな力をいただいたり、お願いすることは多くあろうことかと想像します。
常に感謝の気持ちを忘れません。

社頭鳥居

拝殿:医療の神様です。
⇒ 無病息災を祈念します。


阿形狛犬:あれ?勘違いでしょうか?
⇒ 珍しく阿形狛犬が「親子」型です。

吽形狛犬:こちらは「玉」をお持ちです。

手水舎:お隣の「花園稲荷神社」の手水舎と間違えていました。
⇒ 六角形の柱ですが、屋根は普通に四角形です。

上野公園 東照宮へ行く途中にある天神様です。天神様と言っても主神は薬祖神と言われる少彦名命と大己貴命。由緒ではヤマトタケルの時代の創建とあるので、とても古い神社なのかもしれません。ただ、京都の五条天神(こちらは794年創建)から勧請されたという話もあるので、どっちかはわからないです。
ちなみに天神社は天津神のことで菅原道真はもともと関係なし。しかし江戸時代に「天神社なんだから道真公も祀らないと」ということで相殿神として祀るようになったとか。こういう謂れの天神社は初めてでおもしろいです。

入口。といっても公園の中から降りてきたので、わざわざ外に出て入り直す。

となりの花園稲荷が縁結びだからなのか、女性の参拝者が多い。あと外国人が半分くらい。


隣の花園神社はここの境内社だと思っていたら、違う神社でした。なのであまり写真は撮らなかった。油断した・・。

表の鳥居以外に、花園稲荷神社からも階段で降りると境内があります。
神社メモHPより一部引用
https://jinjamemo.com/archives/gojotenjinja.html
↓
御由緒
当社は、景行天皇の御代(110年頃)、日本武尊が東夷征伐の為に上野忍ヶ岡を御通行の際、薬祖二柱に御加護をいただいた事に感謝し、茲に両神をお祀りなされましたのがご創祀であります。
堯恵法師の北国紀行に「正月の末武蔵野のさかい忍ケ岡を優遊しはべり鎮座の社五條天神と申しはべり」云々として記され、この正月は室町時代(文明十八年)とされております。
大己貴命は大国主命とも称され、須佐之男命の御子で「いなばの白兎」「大国様と白ねずみ」等、神話や童話で知られている神様です。
少彦名命は、神産日神の御子で、蛾の皮の着物に豆の実のさやを舟にして出雲の国に御到着されます。ここで大己貴命と兄弟の縁を結び初めて国民に薬の術と病を癒す方法、又お酒の作り方等もお教えになり、国土の開発に力を尽くされた神様です。
相殿にお祀りしてあります菅原道真公は、江戸初期寛永十八年に合祀されました。(相殿とは、後から合祀されることです。)
社地は寛永寺の境内拡張により、当時の神職瀬川家の屋敷内に、大正に至る迄遷座されましたが、昭和三年に現地に遷座されました。
当社は古くから「天の神」を祀ることにより「五條天神」と呼ばれ、薬祖神としての尊崇が篤く、平成二十二年五月、ご創祀より壱千九百年の記念大祭が斎行された、東都有数の古社であります。(頒布の資料より)

手前が五條天神社の鳥居。
右側が花園稲荷神社

花園稲荷神社の表参道横の建物に付いてました。







書き入れていただきました。


五條天神社を参拝しました!
JR上野駅よりしばらく歩きました。
地図アプリで、寛永寺を検索しましたが、先ず、こちらに辿り着きましたので参拝させていただきました。
花園稲荷神社と併設で御鎮座されています。
境内の中はとても落ち着く雰囲気ですが、
インバウンドの方で混み合っていました。
医薬祖神の神社です。
◯御祭神は大己貴命(おおなむじのみこと)
少彦名命(すくなひこのみこと)をお祀りされています。
第十二代景行天皇の御代、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐の為、上野忍が岡をお通りになられた時、薬祖神(上記の二柱)の大神に御加護を頂いた事を感謝なされて、この地に両神をおまつりなされました(約1890年前)。
相殿には菅原道真(すがわらみちざね)公がお祀りされています。






階段を登ると花園稲荷神社です





珍しい蓮🪷の形の手水



御朱印はこちらで、いただきました

上野駅にてジャイアントパンダ像


上野公園内にある少彦名命さまと大己貴命さまを祀る神社です。日本武尊さまが東夷征伐でこちらにいらしたときに、薬祖神として崇敬される二柱を祀って創建したかなりの古社です。京都にも同名社がありまして御祭神や御神徳などは共通していますがら関連が全くないというのが不思議ですね。一応京都の方から勧請されたという説もあるようです。

《鳥居》
上野公園内にあるとおり、かつては寛永寺の境内社だったようです。

《提灯》
社紋は「粟穂」なんだそうです。少彦名命さまと粟は関係が深く『伯耆国風土記』の逸文によると、少彦名命さまは粟の穂に弾かれて常世の国に渡ったそうです。

《年間祭典表》
薬祖二柱を祀っているため、「医薬祭」というのを"毎月10日"に斎行しています。また「天神社」という社名から他の例に漏れず天神信仰と習合し菅原道真公が相殿に祀られたことから天満宮系特有の「鷽替神事」があります。

《表参道》

《授与所①》

《手水舎》
水は流れていました。洗ひつるここも…(略)

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
東京ひいては武蔵国は古くから少彦名命さまを祀る神社がいくつもあり、一部は式内社として記載されています。当社もその歴史から実質「式外社」(日本武尊さま創建説であれば)といえるでしょう。そのため埼玉、東京において「○○天神社」は道真さんではなく少彦名命さまであることが多いです。

《社紋》
日本橋にある薬祖神社は当社からの勧請で、鎮座地の日本橋は江戸時代から現在まで製薬会社がたくさん集まっています。

《由緒書き》

《社務所》


《旧鎮座地》
アメ横の中にあります。

「GWお江戸お参りウォーキング②」
清水の観音様を出て坂道を不忍池方面へ。
医薬の神様と不思議なお稲荷様にお参りしました。

上野の森は広いや。
美術館も動物園もある。

不忍池の弁天様のお参りは人が多すぎてあきらめ💨
そのまま池沿いに北上すると…

鳥居出現❣️

こちらの人出はまあまあです。

境内に入ると、七福社がありました。

人だかりがあります。
外国の言葉の観光ガイドさんが大きな声で説明してました。

手水舎の周りも全部外国人。
別にいいんだけどね、お祈りの場なんだからもう少し静かにできねえの?
エイゴが話せれば言ってやりたいとこ😡

うちの職人さんの1人に癌再発の疑いがあったので、病気平癒を祈願🙏

新緑に包まれたお社です。
こうして見ると静寂そのもの…

ですが、鳥居の向こうに高層ビルがある。やっぱり都会だね😊

社務所にて御朱印拝受
待たずにスグいただけました。

以前からお参りに行きたいと思っていた、上野公園に鎮座する『五條天神社』にご挨拶にお伺いしてきました。
こちらの主祭神は医薬祖神ですが、天満宮でもあるので菅原道真公も祀られています。
この日は🌸桜の満開は過ぎていたものの、まだ散らずに頑張って咲いている花も残っているという事も関係しているのか、上野公園にはインバウンドの方々がたくさん遊びに来ていて、五條天神社にも大勢いらっしゃっていました。
参拝を終えた後で御朱印を頂いたのですが、通年のものは御朱印帳へ書入れ頂けたのですが、さくら詣の限定御朱印は書置きのみだったので、今回はそちらを頂戴いたしました。

社号標

鳥居
東日本大震災の時に支柱に亀裂が入り、新しい支柱に取り替えたそうです。その為、鳥居の支柱と、鳥居の上の部分である「笠木」の色が違っています。

御由緒

狛犬(阿形)

狛犬(吽形)

境内社・七福社


手水舎

拝殿

拝殿前の狛犬(阿形)

拝殿前の狛犬(吽形)

『さくら詣』の御朱印は書置きのみだった為、書置きを頂戴しました。シール仕様になっているので、裏紙を剥がせば簡単に御朱印帳に貼れるようになっています。
東京都のおすすめ3選❄️
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