真言宗霊雲寺派宝林山
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弘法大師巡礼勤行30寺目
☀️晴
四谷の真成院からこちらへ。
正直、真成院での満足度がかなり高かった為、そのまま帰ろうかとも思いましたが、この日はこちらが本命だったので参りました。
以前、前を通った事があり、時間も遅く寺務所が限られた曜日しか開いてないとの事で、リベンジで来ました。
大抵、金、土、日、月の15時までの様です。(その週にもよりますので要確認です)
湯島の賑わいの中、静かに、厳かに佇むこのお寺は、真言宗霊雲寺派総本山です。
真言宗の分派としては歴史は浅く、真言宗十八本山には入ってませんが、江戸時代、徳川綱吉の命を受けて徳川家の祈願所として、関東の真言律宗の総本山として戒律の厳しいお寺だったそうです。
確かに威厳のある山門、綺麗に整えられた境内、立派な御本堂と、それを感じさせる物はあります。
境内には無駄な物が一切ありません。
観光寺では無いので、仕方の無い事ではありますが、どこか閉鎖的雰囲気です。
御本堂外からは大日如来さまの気は特に自分には感じませんでした。
中を覗くと金剛界、胎蔵界の両方の大日如来さまが祀られていました。
こちらの存在感が凄かっただけに、何か不思議な感覚でした。
これだけのお寺から何も発して無い事は無いと思うので、自分の修行不足か、意図的に閉じ込められているのかは分かりません。
寺務所もインターホンでなかなか出てこられなかったので、ご不在かな?と出直そうとした位ひっそりしてました。
きっと、何かある時の気は凄いのだろうと思うので、そういった時にまた来てみたいです。
御本尊 大日如来
おん あびらうんけん ばざら だとばん

霊雲寺(れいうんじ)は、東京都文京区湯島にある真言宗霊雲寺派の総本山で、山号は宝林山、院号は大悲心院です。本尊には胎蔵界・金剛界大日如来が安置されており、真言宗の重要な寺院の一つです。元禄4年(1691年)に徳川綱吉の命により創建され、江戸時代から続く歴史ある名刹として、多くの信仰を集めています。
● 霊雲寺の歴史
霊雲寺は元禄4年に、浄厳律師覚彦によって開かれました。浄厳は大阪府河内で生まれ、高野山で得度した後、複数の寺院を再興した学僧であり、徳川家から深い帰依を受けました。元禄6年には寺領100石を得、関東の真言律宗の中心的な寺院となりました。江戸時代には、江戸城から見て鬼門に位置するため、幕府の保護を受けるとともに、将軍家の祈願寺としての役割を果たしました。
● 幕府の保護と寺の発展
霊雲寺は、江戸幕府から朱印状を受けるなどの特権を享受し、関東における真言律宗の総本山として多くの寺院を傘下に持ちました。元禄7年には関八州の真言律宗の総本寺とされ、塔頭7院、末寺46ヶ寺を擁する大寺院として栄えました。しかし、関東大震災や第二次世界大戦で堂宇を失い、現在の堂宇は戦後の復興によるものです。
● 現在の霊雲寺の伽藍
霊雲寺の大本堂(灌頂堂)は、昭和51年に鉄筋コンクリート造で再建されました。正面階段を上がった2階に仏壇があり、胎蔵界・金剛界の大日如来像が安置されています。1階には寺務所や書院などが配置され、現代の霊雲寺の中心的な施設となっています。また、総門や庫裡といった他の建物も整備されています。
● 霊雲寺の文化財
霊雲寺は多くの文化財を所蔵しています。鎌倉時代の「絹本著色弥勒曼荼羅図」や「絹本著色十六羅漢像」など、重要文化財に指定されている絵画がいくつかあります。これらの文化財は東京国立博物館に寄託されており、貴重な仏教芸術品として高く評価されています。また、文京区指定の有形文化財も多数あり、寺の歴史と文化を物語っています。
● 霊雲寺の再建と復興
霊雲寺は、関東大震災や第二次世界大戦の戦災により多くの建物を失いましたが、その後の復興により現在の本堂が再建されました。昭和51年に完成した本堂は、鉄筋コンクリート造で、現代のニーズにも対応した設計となっています。戦災の影響を乗り越え、霊雲寺は再びその歴史的・宗教的な役割を果たしています。
● 霊雲寺の学問と儀式
浄厳律師は、霊雲寺創建時に寺院の運営に携わり、学僧としても知られています。彼は29冊、85巻にわたる著書を持ち、供養儀式や仏教の儀式にも精通していました。特に「結縁潅頂」という儀式を盛んに行い、多くの人々が仏教の道に入る手助けをしました。


正式名:宝林山大悲心院霊雲寺
東京都文京区湯島にある真言宗霊雲寺派総本山の寺院で、本尊は胎蔵界・金剛界大日如来。
元禄4年(1691)、浄厳律師覚彦が柳沢吉保の帰依を受け、時の江戸幕府将軍徳川綱吉から現寺地を得て、霊雲寺を開創した。
元禄6年(1693)には多摩郡上図師村(東京都町田市)に百石の寺領を得、元禄7年(1694)には関八州の真言律宗の総本寺とされた。
江戸幕府から朱印状を受けるなど幕府の保護を受け、関東における真言律宗の中心的な寺院であった。
関東大震災、第二次世界大戦の戦災で堂宇を焼失し、現在の堂宇は戦後復興されたものである。
昭和22年(1947)に真言宗霊雲寺派を公称して真言律宗から独立した。



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