おぎくぼはちまんじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方荻窪八幡神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年08月04日(月) 14時56分07秒
参拝:2025年8月吉日
杉並桃井へ仕事で行きましたので立ち寄り参拝しました⛩️
荻窪駅北口からバスで5分ほど🚌
交通量の多い青梅街道沿いですが、鳥居をくぐると穏やかな静寂に包まれ自然と心地良さを感じます。
ご祭神は応神天皇(第15代天皇)、進取的な事に霊験あらたかで、学問成就・家業隆昌・延命長寿・出世成功の守り神とされる。
仕事や健康にご利益ありそうです🙏
荻窪駅北口からバスで5分ほど🚌
交通量の多い青梅街道沿いですが、鳥居をくぐると穏やかな静寂に包まれ自然と心地良さを感じます。
ご祭神は応神天皇(第15代天皇)、進取的な事に霊験あらたかで、学問成就・家業隆昌・延命長寿・出世成功の守り神とされる。
仕事や健康にご利益ありそうです🙏

荻窪八幡神社
Ogikubo Hachiman-Jinja Shrine
社は旧上荻村の鎮守で、今から約1,100年前の寛平年間(889~898)に、応神天皇を祭神として創立されたと伝えられています。
永承6(1051)年、源頼義が奥州の安宿資産征伐の途中、ここに宿陣して戦勝を祈願し、のち康平5(1062)年の凱旋の時、神恩に感謝して当社を厚く祭ったといわれています。
また、文明9(1477)年4月、江戸城主太田道灌は、上杉定正の命をうけ石神井城主豊島泰経を攻めるにあたり、源氏の故事にならってこの神社に武運を祈願し、この時、槇(コウヤマキ)の1株を植えたと伝わります。
この樹は「道灌」とも呼ばれ、500年以上の歳月が経過した現在も神木として大切に保護されています。
昭和61(1986)年には、杉並区の天然記念物に指定されました。
なお、社には、永2(1294)年、嘉慶2(1388)年、応永29(1422)年銘の板碑や狛犬等石造物、社宝の勝海舟の大幟などがあります。
勝海舟の大幟は、平成28(2016)年に杉並区の有形文化財に指定されています。
令和6年3月
杉並区教育委員会
Ogikubo Hachiman-Jinja Shrine
社は旧上荻村の鎮守で、今から約1,100年前の寛平年間(889~898)に、応神天皇を祭神として創立されたと伝えられています。
永承6(1051)年、源頼義が奥州の安宿資産征伐の途中、ここに宿陣して戦勝を祈願し、のち康平5(1062)年の凱旋の時、神恩に感謝して当社を厚く祭ったといわれています。
また、文明9(1477)年4月、江戸城主太田道灌は、上杉定正の命をうけ石神井城主豊島泰経を攻めるにあたり、源氏の故事にならってこの神社に武運を祈願し、この時、槇(コウヤマキ)の1株を植えたと伝わります。
この樹は「道灌」とも呼ばれ、500年以上の歳月が経過した現在も神木として大切に保護されています。
昭和61(1986)年には、杉並区の天然記念物に指定されました。
なお、社には、永2(1294)年、嘉慶2(1388)年、応永29(1422)年銘の板碑や狛犬等石造物、社宝の勝海舟の大幟などがあります。
勝海舟の大幟は、平成28(2016)年に杉並区の有形文化財に指定されています。
令和6年3月
杉並区教育委員会




参道

祓門
くぐらばお祓いになります
くぐらばお祓いになります

手水舎


拝殿


道灌槙
関東官領であり、武蔵の領主であった、上杉定政に対し、家臣の長尾景者が武蔵を侵さんとして石神井城主・豊島泰経及びその甥の平塚城主・豊島泰明と款を通じて反逆した。
之を激怒した上杉定政は江戸城主太田道灌に出陣を命じた。
道灌は文明九年四月十三日平塚城を攻撃し四囲より火を放った。
この急報に豊島泰経は道灌軍の背後を突き、江戸城へ進撃せんとして江古田、沼袋の線で石神井城へ進撃する道灌勢と遭遇し後世「江古田の合戦」と伝えられる戦斗を開いたが豊島軍利あらず、道灌軍は騎虎の勢をもって石神井城に迫った。
文明九年四月十六日、道灌軍は東及南より石神井城を攻撃するに当って、道灌は当社に詣で戦捷を祈願して軍神祭を行ない、横一株を献植した。
これが今当社に伝わる道灌模で、一根二幹であったが、昭和九年の暴風雨で一幹折損し一幹となり、五百年を経た今なお、「千年の社・百尺の高野横」と称えられている。
昭和六十一年三月、杉並区・天然記念物(植物)に指定された。
荻窪八幡神社社務所
関東官領であり、武蔵の領主であった、上杉定政に対し、家臣の長尾景者が武蔵を侵さんとして石神井城主・豊島泰経及びその甥の平塚城主・豊島泰明と款を通じて反逆した。
之を激怒した上杉定政は江戸城主太田道灌に出陣を命じた。
道灌は文明九年四月十三日平塚城を攻撃し四囲より火を放った。
この急報に豊島泰経は道灌軍の背後を突き、江戸城へ進撃せんとして江古田、沼袋の線で石神井城へ進撃する道灌勢と遭遇し後世「江古田の合戦」と伝えられる戦斗を開いたが豊島軍利あらず、道灌軍は騎虎の勢をもって石神井城に迫った。
文明九年四月十六日、道灌軍は東及南より石神井城を攻撃するに当って、道灌は当社に詣で戦捷を祈願して軍神祭を行ない、横一株を献植した。
これが今当社に伝わる道灌模で、一根二幹であったが、昭和九年の暴風雨で一幹折損し一幹となり、五百年を経た今なお、「千年の社・百尺の高野横」と称えられている。
昭和六十一年三月、杉並区・天然記念物(植物)に指定された。
荻窪八幡神社社務所



すてき
投稿者のプロフィール

ちよは105投稿
みなさんの投稿いつも楽しみにしており参拝記録や写真に癒されております 普段なんとなく通り過ぎていた神社やお寺 このアプリを入れてから身近にたくさんの社があることを知りました 通勤時や仕事の...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。



