ゆうてんじ|浄土宗|明顕山
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駅名および地名の由来となっているお寺。
どんな由緒なのかと案内を読んでみると、開創は江戸時代中期と思っていたより新しかった。
高僧として名高かった祐天上人が、目黒に念仏道場を建立したいと念願していたが、果たせず他界。
弟子・祐海が師の願いを引き継ぎ、幕府に熱心に願った結果、将軍吉宗がこれを聞き入れ、開創に至った。
開山を祐天上人とし、祐海は二代目住職としている。
当時は寺院整理のため、新しく寺院を建てるのは困難であったが、祐天上人は幕府の信頼厚い高僧だったこともあり、特別な許可に加え、幕府の保護も得ることが出来た。
祐天上人の来歴を調べてみると、すごい実績で驚いた。
大巌寺(千葉県千葉市)、伝通院(東京都文京区)などの住職を歴任。
ついには徳川家の菩提寺・増上寺(東京都港区)の法主と、大僧正に任ぜられる。(とても稀なケースらしい)
江戸の町火消しの基礎「いろは四十八文字」を考案したり、奈良大仏殿や鎌倉大仏殿の復興も手がけていたりもする。
累ヶ淵の怨霊退治の逸話もあり、これは歌舞伎や落語の題目にもなっている。
境内の建造物は、将軍家の寄進によるものが多く、どれも立派だ。
阿弥陀堂や仁王門は、五代将軍 綱吉の娘・竹姫の寄進。
梵鐘と鐘楼は六代将軍 家宣の夫人・天英院の寄進。
よく見ると、葵の御紋があるのがわかる。
阿弥陀堂の横に、稲荷堂がある。風土記稿に「熊野稲荷合社」とあるものだろうか。
お賽銭箱には、町火消しの纏がデザインされている。先に述べた「いろは四十八文字」を考案したといういわれからだろう。
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