りゅうせんじ(めぐろふどうそん)|天台宗|泰叡山
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楽しみ方瀧泉寺(目黒不動尊)のお参りの記録一覧
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江戸三十三観音様巡りで初めて伺ったのですが、あまりに広くて,見どころパワースポットがたくさんあり,その上、下調べをしないで行った当日が、お不動様の縁日の日で…出店がたくさん、それを楽しみに来ている親子連れもいっぱい、縁日に合わせて来られているお年寄りもいっぱい…。これは、ちゃんと下調べしてからの方が良かったと、反省点多い参拝になりました。
中で,同じところをグルグル回ってしまって、見逃してお参りし損なった箇所もありそうですし、賑やかだった分,落ち着いて参拝できず…。
御朱印は書き入れて頂きましたが、参拝のみ,また改めようと思います!
それにしても、目黒にこんな広いお寺があること知らず…地元の方が羨ましいと思える素敵なお寺です。
中でもたくさん写真撮りましたが、とりあえずは、御朱印をアップします!
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23.11.04。東急目黒線「不動前駅」より徒歩15分。目黒区下目黒3丁目にある天台宗の寺院。
《関東最古不動霊場》
山号 泰叡山
院号 護国院
創建 大同3年(808年)
開基 慈覚大師・円仁
本尊 不動明王(秘仏)
札所 江戸五色不動
関東三十六不動尊霊場
第十八番
江戸三十三観音霊場
第三十三番
元祖山手七福神•恵比寿神
【縁起】〜目黒区HPより〜
当寺は寛永寺の末寺で、「慈覚大師が少年時代、現在の地に宿をとった時、神の夢を見た。その後大師が青年になり、唐に留学して、ある日長安の青龍寺を訪れ不動明王を拝んだところ、それが少年のころ霊夢に感じた神人と同じ姿であった。大師は奇異に感じ、帰朝後さっそく不動尊像を彫刻し、これを目黒の地に安置した」とある。
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目黒不動尊縁起によれば、「慈覚大師が大同3年比叡山に向かう途中目黒で宿をとった。その時、不動明王の夢を見たのでその像を彫り、安置した。それが寺の始まりである」という。
天安2年(858年)堂宇を造営、寺号を瀧泉寺と称し、貞観2年(860年)清和天皇より「泰叡」の勅額を賜り、山号を「泰叡山」と称する。
江戸33観音霊場巡りの結願となりました。又関東36不動尊霊場の7箇所目の参詣です。想定していたより広大な寺域でした。時間が足りず急ぎ足で廻りましたので、いつか又じっくりと参詣したいお寺さんでした。







日本三大不動のひとつ✨万能のパワーを秘めてるお寺さんだそうです😆👍水かけ不動明王、本堂、本堂裏の大きな大日如来、健脚の神様「役の行者」、山手七福神の恵比寿天...見どころが多くご利益もたくさんいただけます🙏納得のパワースポット✨多くの方が参拝に来られていました😊
泰叡山瀧泉寺(目黒不動)(天台宗)は寛永寺の末寺で、目黒不動尊縁起によれば、「慈覚大師が少年時代、現在の地に宿をとったとき、神人の夢をみた。その後大師が青年になり、唐に留学して、ある日長安の青竜寺を訪れ不動明王を拝んだところ、それが少年のころ霊夢に感じた神人と同じ姿であった。大師は奇異に感じ、帰朝後さっそく不動尊像を彫刻し、これを目黒の地に安置した」とある。
目黒不動尊縁起によれば「滋覚大師が大同3年(808年)比叡山に向かう途中目黒で宿をとった。その時、不動明王の夢を見たのでその像を彫り、安置した。それが寺の始まりである。」という。
その後大師は天安2年(858年)に堂宇を造営し、自らの手で「大聖不動明王心身安養呪願成就瀧泉長久」を棟牘に記した。そこから寺号を「瀧泉寺」と称するようになり、また、貞観2年(860年)に清和天皇より「泰叡」の勅額を賜わり、山号を「泰叡山」と称するようになった。
目黒区ホームページより
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