ばとういん|真言宗智山派
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楽しみ方馬頭院のお参りの記録一覧
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栃木県 那須郡 那珂川町 に境内を構える、武茂山 十輪寺 馬頭院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております。2024.初参拝後 何度か参拝致しました、丁寧な対応で良い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 武茂山、寺号は 十輪寺、院号は 馬頭院、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 馬頭観世音菩薩、関東八十八ヶ所霊場 第二十七番札所、東国花の寺 百ヶ寺 栃木九番札所 紅葉、那須三十三観音霊場 第三十番札所、建保5年(1217)、醍醐寺27代および30代座主の光宝大和尚が、勝軍地蔵尊を本尊とし、「勝軍山 地蔵院 十輪寺」を建立したのが当山のはじまりである。後に光範和尚は境内地を移動し現在の地に堂を建立、延命地蔵尊を安置した。室町時代の終わりに武茂城主藤原好綱公は金堂を寄進され馬頭観音を安置した。江戸時代に入り、水戸藩主光圀公は当山を来訪され、境内、堂宇を修復し、馬頭観音を本尊に指定し、寺院名を「武茂山 馬頭院 十輪寺」とした。その際、当山に10万石の格式を付与し、朱印寺とし当地の村名も「馬頭村」に改称した
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この辺りは現在は那珂川町ですが、平成大合併前は馬頭町という地名でその由来となったお寺。
馬頭観音は本尊として本堂に祀られてるみたいで、馬頭観音堂の方には不動明王、毘沙門天、秩父三十三観音などが祀られてるらしい・・・どういうことなの?(^^;
説明板を見るとどうもこれにも水戸の御老公が関わってるらしい。
前の静神社といい、常陸周辺の寺社に対していろいろとやらかしてくれてるみたいです黄門様w
さてここには、本尊、花の寺、那須三十三観音、関東八十八ヶ所の4種類の御朱印があったのですが、なんと全てが馬頭観音!
しかも印影も全て同じで、周囲にある「○○番霊場」とかのオマケ印だけが違うらしい・・・
当初は4種類受印する予定でしたが、さすがにこれは全部はいらんわと思い花の寺と関東八十八ヶ所だけいただきました(^^;

武茂山 十輪寺 馬頭院
那須三十三観音の巡礼で参詣しました。
高台にあり景色が良く、お庭の手入れもされていて
とても綺麗なお寺でした😊✨
御朱印は庫裡の入口の箱の中に霊場ごとに置いてあったのをいただき、後から日付を書き込みました。

那須三十三観音霊場 第三十番
武茂山 十輪寺 馬頭院
「馬頭観世音」
御詠歌
引き馬に 手綱引き立て
むち打って 悪魔退治の
姿なりけり

手前 観音堂 馬頭観世音菩薩が安置されています。
奥 本堂 延命地蔵菩薩が安置されています。

関東88カ所霊場 第27番札所 馬頭院
健保5年(1217)、京都醍醐寺27代および30代座主である、僧・光寶によって開山された。光寶は東国巡錫の際、武茂の地に密教興隆、国家鎮護を祈念する壇林寺として「勝軍山地蔵院十輪寺」を建立し、地蔵菩薩を本尊とした。
正和元年(1312)には醍醐寺の僧・光範が「伏見院御震翰紺紙金字金泥法華経八巻」を奉納するなど、伽藍の再興に力を尽くした。
武茂城主であった藤原好綱公は地域の安寧祈願、当寺護持の為に観音堂を建立し、馬頭観世音菩薩を安置した。あわせて荘園の寄進もされた。
天和元年(1681)、領主副将軍水戸光圀公は法橋牛庵を伴い当寺を訪れ、「紺紙金字金泥法華経八巻」を鑑定し、伏見院御震翰であることを確認された。元禄5年(1692)に再度参詣され堂宇を修復し、十万石の格式を与え朱印寺とした。
その折に植樹された「枝垂栗」が境内中央に残されている。光圀公の命により本尊は馬頭観世音となり、寺名も「武茂山十輪寺馬頭院」と改められ、地名も武茂から「馬頭」へと改称された。(関東88カ所霊場HPより)
栃木県のおすすめ2選💠

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