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楽しみ方中村八幡宮のお参りの記録一覧
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二の鳥居を一の鳥居と勘違いし、近くの駐車場に停めたら、後ろを振り返ると一の鳥居が。又々、長い参道を戻って参拝。社殿を取り囲むように沢山の境内社。社務所は明かりが点いていなく、事前連絡が推奨されていた為、ダメ元で連絡すると、裏のご自宅からいらっしゃて頂き、本日唯一の書き入れの御朱印を戴きました。文治5年(1189)源頼朝率いる鎌倉軍の奥州遠征の際、当地領主中村宗村は当社に戦勝を祈願してこれに参軍し、成就して功を挙げ奥州伊達郡(現在の福島県)の地頭職を授かり伊達に移住、伊達氏の祖となりました。その為、伊達氏と当神社との結びつきは強く、代々参勤交代の際には参拝するようになり、元文元年(1736)に五代伊達藩主伊達吉村が参勤交代の折に神馬を奉納したことから、鏑流馬が始まっています
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真岡周辺の最後の一社も八幡宮
しかし、ここは本日行った他の八幡宮二社と雰囲気が全く違いました。
・・・が、惜しむらくは一番荒れてもいた orz
創建年代は今日行った八幡宮の中で一番古く規模も最大で、ご覧のように全て境内社が建屋付きなど、もともとはかなり信仰篤い神社だったようですが・・・
あまり手入れがされておらず「ただ古いだけ」の神社に成り下がってしまったような感じ(^^;
ご覧のような容貌魁偉な巨大御神木とかあったりするので、これがもうちょっと手入れされてて荘厳さがあれば「神気を感じる!(+_+)ピキーン」とかスピリチュアル的感想ホザいたのですがw 鬱蒼とした森の中というのもありちょっと不気味さの方が勝っちゃってる感じです( ´・ω・`)
特にこの日は小綺麗な神社ばっかり行っちゃってるので余計そう感じたのかもw
一応無人社ではなく電話連絡か宮司宅訪問で受印できるとは聞いてたのですが、特に連絡先も地図も見当たらず。
親もワザワザ行くのを面倒臭がったし、御朱印も他の八幡宮二社が気合い入りまくりのため、明らかに見劣りがするのでw まぁいいか┐('~`;)┌と参拝だけして帰りましたw
ワザワザ釣らなくても客が来る有名寺社とか古刹は、御朱印一種類しか用意してないところとか多いですが、そういう慢心した大寺社が信仰を失った場合の成れの果てをちょっと垣間見た気がしましたw
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次に真岡市中の中村八幡宮にて御朱印をいただきました。
結構道に迷ってしまいましたがw
社務所は不在でしたが本殿の裏にある宮司様をお呼びして揮毫していただきました。
ご丁寧な対応ありがとうございました。
ここも本来は長い参道があるのですが。
時間がなくて。。。駐車場わきの鳥居から。
ご神木です。樹齢800年は超える欅です。
拝殿です。
ご祭神は誉田別尊です。
例大祭には流鏑馬も行われます。
ここは源義家が北関東に建立した八社の八幡宮の一つともいわれています。
奥州征伐の際にこの領地の中村宗村はこの社で先勝祈願をおこない参戦し
その後奥州伊達郡の地頭職を授かりのちに伊達氏の祖になったといわれています。
ご神木は樹齢800年は超える欅です。
境内社はたくさんあり歴史を感じます。
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#栃木県
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中村八幡宮は、白鳳4年に天武天皇の勅令により全国に建立された社のひとつと言われ、また、永承年間に源頼義・義家父子が前九年の役に際して北関東に建立した八社の八幡社のうちの一社とも言われる。祭神は誉田別尊(応神天皇)。
文治5年、源頼朝率いる鎌倉軍は奥州遠征を行うが、当地領主中村宗村は当社に戦勝を祈願してこれに参軍し、成就して功を挙げ奥州伊達郡(現在の福島県)の地頭職を授かり伊達に移住、伊達氏の祖となりこちらの八幡社保護したと由緒に書かれていました。
境内は、立派な御神木の他、社殿建て替えに使うために植林されたの木々に覆われていて、少し薄暗いですが気持ちよい空気を感じることが出来ました。
御朱印はあったのですが、社殿裏手にある古墳と周りの摂社を見ている間に、御神職さまがお帰りになられてしまったので、今回は頂かずに次回頂こうと思いました。


栃木県のおすすめ2選🎍
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