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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※日光東照宮ではいただけません

にっこうとうしょうぐう

日光東照宮

栃木県 東武日光駅

4月1日 ~ 10月31日(午前9時より午後5時まで)
11月1日 ~ 3月31日(午前9時より午後4時まで)
  ※尚、各期間とも受付は閉門30分前に終了。

投稿する
0288-54-0560

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(2種類)

日光東照宮では、「日光東照宮」、「東照宮奥宮」の2種類の御朱印をいただけます。

季節や行事に合わせた御朱印が頒布されています。

日光東照宮の御朱印

500円
直書き

真ん中に日光東照宮と書かれ、右上に葵の御紋、真ん中に社印が押されています。
葵紋は徳川家の家紋です。
日光東照宮は徳川家康公をお祀りされています。

東照宮奥宮の御朱印

500円
書置き

真ん中に東照宮奥宮と書かれ、右上に葵の御紋、真ん中に社印が押されています。
奥宮(おくみや)とは、拝殿・鋳抜門(いぬきもん)・御宝塔からなる御祭神の墓所です。
家康公が眠るとされる日光東照宮でもっとも神聖な場所です。

コロナウイルスの感染防止のため、現在は書き置きのみの頒布のようです。

このほか、季節や行事にあわせて限定御朱印が頒布されます。

御朱印帳(3種類)

日光東照宮の御朱印帳は全部で3種類の御朱印帳が頒布されています。

オリジナル御朱印帳

2,300円(御朱印代込)
約18×12cm

青色の地に、表面は上部に葵の御紋、下部に陽明門が入り、裏面は真ん中に日光東照宮の文字が入っています。
陽明門は、いつまで見ていても見飽きないところから日暮の門ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻が施されています。

陽明門竣功記念御朱印帳

2,300円(御朱印代込)
約18×12cm

赤色の地に、表面は上部に葵の御紋、下部に陽明門と国宝陽明門 平成の大修理完成記念の文字、裏面は真ん中に日光東照宮の文字、四隅には魔除けの逆さ柱に刻まれたグリ紋が入っています。
2017年3月10日に陽明門の修理が竣功したことを記念した御朱印帳です。
陽明門にあるグリ紋と呼ばれる中国から伝わった曲線の文様が刻まれた12本の柱のうち1本だけ逆さになっていますが、これは不完全な柱を加えて魔除けにしたと言われています。

全国東照宮連合会朱印帳

2,300円(御朱印代込)
約18×12cm

乳白色の地に葵文様、表面に葵の御紋と御朱印帳の文字が入っています。
日光東照宮に徳川家康公をお祀りしてから、ちょうど400年の節目である2015年に、全国東照宮連合会により発売された御朱印帳です。

授与場所・時間

日光東照宮の御朱印・御朱印帳ともに、表門と五重塔の間にある入り口授与所でお受けできます。
奥宮の御朱印は奥宮社務所でお受けできます。

御朱印受付時間
4月~10月……8時~16時30分
11月~3月……8時~15時30分

詳しくは公式サイトをご確認ください。

過去の限定御朱印

日光東照宮世界遺産登録二十周年

500円
2019年10月1日~2020年3月31日

真ん中に日光東照宮と書かれ、右上に葵の御紋、真ん中に社印、右下に世界遺産登録二十周年の印が押されています。
二社一寺(日光東照宮、日光山輪王寺、日光二荒山神社)の建造物と境内地からなる「日光の社寺」が1999年12月2日に世界文化遺産に登録されてから20周年を迎えた事を記念した御朱印です。

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御朱印について
御朱印
あり

真ん中に日光東照宮と書かれ、右上に葵紋、真ん中に社印が押された御朱印です。
葵紋は徳川家の家紋です。日光東照宮は徳川家康公をお祀りされています。
東照宮奥宮と、境内にある輪王寺薬師堂の御朱印もいただけます。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

有料駐車場あり。普通車200台分。

ご利益

日光東照宮について

観光客からも大人気、世界遺産・東照宮


日光東照宮は、1999年に世界遺産に登録され、日本人のみならず、外国人観光客からも大きな人気を誇っています。
年間参拝客は180万人を超え、京都・奈良の社寺に次ぐ観光地としても有名です。

徳川家康をまつる日光東照宮


誰もが一度は名前を聞いたことのある日光東照宮。
全国にある東照宮の総本宮です。
東照宮には、徳川家康を神様とした東照大権現がまつられています。

おすすめの投稿

sendatsu
2019年08月12日(月)
974投稿

【世界遺産・日光の社寺1 日光東照宮の「入れ替え制参拝」】
 日帰りで栃木県・日光に行きました。世界遺産の2社1寺をおまいり。東照宮、輪王寺、二荒山(ふたらさん)神社から構成される世界遺産の中でも、群を抜いて知名度が高いのが東照宮でしょう。今回訪ねたのは「山の日」の三連休の2日目。東照宮は大変な混雑でしたが、輪王寺や二荒山神社はさほどでもなく、東照宮だけを見て立ち去った人が多かったのではないかと感じます。
 東照宮の参拝は、ほかの神社では経験したことのないものでした。
 「ご本社」には靴を脱いで上がれるのですが、拝殿では巫女さんの案内のもと、畳敷きの広間に座ります。見たところ、一度に百人くらいが座ったのではないかと思います。巫女さんが室内の装飾などについて説明し、続いて参拝のやり方を説明。2回、頭を下げた後、両手で2回柏手を打ち、お願い事を念じた後、1回頭を下げる手順で、「神社では一般的な方法です」とのことでした。驚いたのはその後。巫女さんが「それでは皆さま、わたくしと一緒に参拝をいたしましょう」という趣旨のことを話しました。えっ?と思う間もなく、その場にいる百人くらいの人が、巫女さんに続いて座ったまま一斉に2回頭を下げ、パンパンとそろって柏手。一人だけさからうわけにもいかず、わたしもならいました。終わると一斉に立ち上がって、ぞろぞろと退出。続いて回廊で立ったまま待っていた次の人たちが広間に入ります。
 有名神社のお参りと言えば、拝殿の前に列をつくって、順番が来るとそれぞれにお祈りするのが見慣れた光景です。この東照宮の「入れ替え」方式は珍しいのではないかと思います。

 かつての神仏習合の名残で、日光東照宮には仏教寺院のような五重塔があります。また、境内には輪王寺のお堂の一つである薬師堂(本地堂)があります。輪王寺の諸堂の中でも、ここだけは東照宮の参拝客がそのまま訪れるためか、東京都心の通勤電車並みの混雑でした。
 このお堂の天井には龍の絵が描かれており、顔の真下辺りで拍子木を打つと音が反響します。龍が鳴いているようだという「鳴龍」です。ここも数十人ぐらいの完全入れ替え制でした。
 お堂に上がって、龍の部屋へ入る順番を待っている間、お寺の方から注意事項の説明があるのですが、東照宮ご本社での裏返しのように、「ここはお寺ですので手はたたきません」「仏様の前で手をたたくのは失礼ですので、龍の絵の下で手をたたくのも遠慮していただくことになりました」とのことでした。「中はもっと暑くなっています。気分の悪い方は、こちらで休息してからお入りください」とも。東京よりは涼しい日光ですが、それでも真夏の混雑の中では相当の苦行で、熱中症の恐怖を感じましたが、龍の鳴き声はなるほど面白い体験でした。

 東照宮の境内はどこも人人人。祭神である徳川家康の墓所がある奥宮への石段も、途切れることなく参拝客が上っていました。ちなみに御朱印は、御朱印帳を預けてから50分待ち。あらかじめ御朱印を書き入れてある御朱印帳(2300円)も次々に売れていました。奥宮の御朱印は書き置きのみでした。
 日光東照宮と言えば、陽明門をはじめとして見事な彫刻と豪華絢爛さが見どころ。「見ざる、聞かざる、言わざる」の「三猿」や「眠り猫」なども一通り見ましたが、余りの混雑で十分に堪能というわけにはいきませんでした。もっと人出の少ない時に再訪してみたいと思います。

日光東照宮の山門

陽明門

日光東照宮の建物その他

境内

日光東照宮の建物その他

ご本社

日光東照宮の建物その他

境内は人人人

日光東照宮の建物その他

参道も人人人

日光東照宮の建物その他

拝観券売り場も行列

日光東照宮の塔

五重塔

日光東照宮の末社

東照宮境内にある輪王寺薬師堂。通勤電車並みの混雑

日光東照宮の建物その他

奥宮への参道

日光東照宮のお墓

徳川家康の墓所

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惣一郎
2021年09月26日(日)
969投稿

日光東照宮は、栃木県日光市にある神社。旧社格は別格官幣社で、現在は単立神社。主祭神は徳川家康公(東照大権現)、相殿神は豊臣秀吉公、源頼朝卿。正式名称は「東照宮」で、他の東照宮と区別するために「日光東照宮」と呼ばれる。全国に700社ほどある「東照宮」の総本社的存在。久能山東照宮、上野東照宮とともに「三大東照宮」の一つに数えられる。当社境内は日光二荒山神社、輪王寺の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」としてユネスコの世界遺産に登録されている。本殿、石の間及び拝殿、正面及び背面唐門、東西透塀、陽明門、東西廻廊の5件8棟が国宝。祈祷殿、神楽殿、神輿舎、鐘楼、鼓楼など34棟が国指定の重要文化財。

創建は江戸時代初期の1617年。徳川家康が1616年に駿府(現静岡市)で死去し、遺命により久能山に葬られ、久能山東照宮が完成したが、翌1617年に下野国日光に改葬された。当初「東照社」と称したが、1645年に朝廷から宮号が授与されたため「東照宮」と改称した。国家鎮護の「日本之神」として、1646年の例祭からは朝廷からの奉幣が恒例となり、奉幣使(日光例幣使)が派遣された。明治時代の神仏分離により、日光は神社の東照宮、二荒山神社、寺院の輪王寺の二社一寺の形式に分立し、のち当社は別格官幣社に列格した。

当社は、「日光山内」の中央奥にあり、最寄りの東武日光線の終点・東武日光駅の西北西2kmの山裾にある。境内はひな壇のように4段になっている。入口の低い段には石鳥居、五重塔、拝観券売場、表門(有料拝観入口)があり、2段目には下神庫、西浄、中神庫、上神庫、神厩舎、御水舎、輪蔵、3段目には本地堂、鼓楼、鐘楼があり、陽明門から入る4段目には拝殿、本殿、石の間、祈祷殿、神楽殿、神輿庫、東西廻廊、東西透塀などがある。

今回は、国の史跡、世界遺産、旧別格官幣社、「東照宮」の総本社として参拝することに。参拝時は祝日の午前中であったため、境内はどこも観光客でごった返していた。

日光東照宮の鳥居

南側の表参道から、<石鳥居>と<社号標>。樹木の高さ、太さに圧倒される。

日光東照宮(栃木県)

<社号標>アップ。

日光東照宮の建物その他

石鳥居をくぐったところから、前方を望む。中央の高い位置にあるのが<表門>。その左下が<拝観券売場>。

日光東照宮の建物その他

石鳥居をくぐったところから、左方向を向くと<五重塔>。

日光東照宮の建物その他

石鳥居をくぐったところから、右方向を向くと<授与所>。(ただし御朱印はここではない。)

日光東照宮の建物その他

前方左手にある<拝観券売場>。

日光東照宮の建物その他

拝観券売場の右側にある階段を登る。

日光東照宮の山門

階段を登ったところにある<表門>から有料拝観エリアに入る。

日光東照宮の建物その他

入ってすぐ左側には、多数の<燈籠>が並ぶ。右側には<下神庫>がある。参道はやがて左折する。

日光東照宮の建物その他

燈籠群の先にある<神厩舎>。

日光東照宮の芸術

神厩舎の壁に嵌っている、有名な彫刻の一つ<見ざる言わざる聞かざる>。

日光東照宮の建物その他

神厩舎の先にある<神札授与所>。(ただし御朱印はここではない。)

日光東照宮の建物その他

参道は右折する。振り返ると左から順に、<上神庫>、<中神庫>、<西浄>、<下神庫>。

日光東照宮の鳥居

正面を向くと<青銅鳥居>が立ち、その先に階段があってその上には、左に<鼓楼>、中央に<陽明門>、右に<鐘楼>が見える。

日光東照宮の手水

青銅鳥居の左手にある<御水舎>。

日光東照宮の建物その他

御水舎の先にある<輪蔵>。

日光東照宮(栃木県)

輪蔵の上の段にある<鼓楼>。手前左にあるのは<燈台穂屋>。

日光東照宮の建物その他

青銅鳥居をくぐって、右側にある<上神庫>。

日光東照宮の建物その他

上神庫の上の段にある<鐘楼>。

日光東照宮の山門

階段を上がって正面に向かうと、さらなる階段の上に<陽明門>、その両側に<東西廻廊>が伸びる。

日光東照宮の山門

<陽明門>全景。煌びやかな装飾に繊細な彫刻。

日光東照宮(栃木県)

<陽明門>アップ。扁額には<東照大権現>の文字。

日光東照宮(栃木県)

陽明門をくぐると、正面には<正面唐門>とその両側に<東西透塀>が伸びる。奥には社殿(拝殿)が見える。
観光客の皆さんは、振り返って<陽明門>に見入っている。

日光東照宮の山門

<正面唐門>全景。

日光東照宮の建物その他

陽明門をくぐったところから右側を望む。左の建物は<祈祷殿(上社務所)>、右の建物は<神楽殿>。

日光東照宮の本殿

こちらが<祈祷殿>。自分は、前回参拝時はこちらで厄年の祈祷をしてもらった。

日光東照宮の建物その他

祈祷殿の前にある、気になる<燈籠>。

日光東照宮(栃木県)

祈祷殿と神楽殿の間を抜けると、家康の墓所がある奥社への参道入口、東回廊潜り(くぐり)門があり、その上部には有名な彫刻<眠り猫>がある。

日光東照宮の建物その他

神楽殿の右側にある<授与所>。御朱印はこちら。

日光東照宮(栃木県)

授与所から見た<唐門・東西透塀・拝殿>

日光東照宮の建物その他

唐門に向かって左側にある<神輿舎>。

日光東照宮(栃木県)

神輿舎の前から<陽明門>を見上げる。どの角度から見ても美しい造り。

日光東照宮(栃木県)

最後に<唐門・東西透塀・拝殿>正面。(さっきよりずいぶん人が減ったみたい。)

日光東照宮の芸術

陽明門の天井にある<雲龍図>。狩野探幽作の<昇り龍(八方睨みの龍)>と<降り龍(四方睨みの龍)>の2枚があり、写真は<降り龍>。

日光東照宮(栃木県)

陽明門の位置から<鼓楼>を望む。その後ろには<本地堂(薬師堂)>がある。

日光東照宮の建物その他

鼓楼手前にある、もう一つの<燈台穂屋>。細工が繊細で美しい。

日光東照宮(栃木県)

再度、青銅鳥居から陽明門を望む。さっきと比べて圧倒的に人が減った。

日光東照宮の建物その他

表門を出たところ。観光客の多さには大きな波があるみたい。

日光東照宮の建物その他

観光客の多い石鳥居から東側に少し進んだ、ひと気の少ない場所にある<御仮殿>。御本社を修理する際に、祭神を一時的に遷すための御殿。

日光東照宮の鳥居

現在の<御仮殿>は、徳川3代将軍家光により1639年に造営されたもので、国指定の重要文化財となっている。

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例祭・神事

1月1日  歳旦祭
2月3日  節分祭
2月11日  紀元祭
2月17日  祈年祭
5月3日  栗石返奉告祭
5月17日  春季例大祭・神事流鏑馬
5月18日  渡御祭「百物揃千人武者行列」
6月30日  大祓式(水無月大祓)
10月16日 神事流鏑馬
10月17日 秋季祭・渡御祭「百物揃千人武者行列」
11月26日 新嘗祭
12月20日 御煤払祭
12月31日 大祓式(師走大祓)、除夜際

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歴史

日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。家康公は、天文(てんぶん)11年(1542)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)でご誕生になり、幼少より苦労を重ね戦国乱世を平定され、幕藩体制を確立されました。そして、世の中に秩序と組織を形成し、学問を勧め産業を興し、江戸時代260年間にわたる平和と文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされました。
 家康公は、元和2年4月17日駿府城(静岡県静岡市)で75歳の生涯を終えられ、直ちに久能山に神葬されました。そして御遺言により、一年後の元和3年4月15日、久能山より現在の地に移されおまつりされました。正遷宮は、同年4月17日二代将軍秀忠公をはじめ公武参列のもと厳粛に行われ、ここに東照社として鎮座しました。その後正保(しょうほ)2年(1645)宮号を賜り、東照宮と呼ばれるようになりました。
 尚、現在のおもな社殿群は、三代将軍家光公によって、寛永(かんえい)13年(1636)に造替されたものです。

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日光東照宮の基本情報

住所栃木県日光市山内2301
行き方

1.電車でのアクセス
  浅草 ~ 東武日光(特急けごん) : 所要時間 約1時間50分
  浅草 ~ 下今市~東武日光(特急きぬ+各駅停車) : 所要時間 約1時間50分
  浅草 ~ 東武日光(東武鉄道快速) : 所要時間 約2時間5分
  新宿 ~ 東武日光(JR特急日光) : 所要時間 約2時間
  宇都宮 ~ 日光(JR日光線) : 所要時間 約45分

2.車でのアクセス
  東北自動車道宇都宮ICから日光宇都宮道路を経て、日光ICで下りる。
  日光ICから2km。

アクセスを詳しく見る
名称日光東照宮
読み方にっこうとうしょうぐう
参拝時間

4月1日 ~ 10月31日(午前9時より午後5時まで)
11月1日 ~ 3月31日(午前9時より午後4時まで)
  ※尚、各期間とも受付は閉門30分前に終了。

参拝料

日光東照宮単独拝観券 : 大人・高校生 1,300円   小・中学生 450円

トイレあり
御朱印あり

真ん中に日光東照宮と書かれ、右上に葵紋、真ん中に社印が押された御朱印です。
葵紋は徳川家の家紋です。日光東照宮は徳川家康公をお祀りされています。
東照宮奥宮と、境内にある輪王寺薬師堂の御朱印もいただけます。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0288-54-0560
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.toshogu.jp/
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》徳川家康公
《相》豊臣秀吉公,源頼朝卿
創建時代元和(げんな)3年(1617)
創始者徳川秀忠
本殿権現造
文化財

国宝(8棟)
本殿、石の間及び拝殿(1棟)(附 銅箱入供養具9箇、旧妻戸2枚、箱入大工道具一具)
正面及び背面唐門 2棟
東西透塀 2棟
陽明門 1棟(附 旧天井板2枚)
東西回廊 2棟(附 潜門)
重要文化財(34棟)
(*)印の2棟は東照宮と輪王寺のいずれに帰属するか未決着である
上社務所(祈祷殿)
神楽殿
神輿舎
鐘楼(附 銅鐘)
鼓楼
(*)本地堂
(*)経蔵(輪蔵)
上神庫
中神庫
下神庫
水屋(附 手水鉢石)
神厩
表門(附 簓子塀)
五重塔
石鳥居
坂下門
奥社宝塔(銅製)(附 銅製華瓶・燭台・香炉)
奥社唐門(銅製)(附 銅製狛犬2躯)
奥社石玉垣
奥社拝殿(附 銅箱入供養具9箇)
奥社銅神庫
奥社鳥居(銅製)
奥社石柵
(奥社の附 石狛犬2躯)
仮殿本殿、相之間、拝殿(1棟)
仮殿唐門
仮殿掖門及び透塀 2棟
仮殿鳥居(銅製)
仮殿鐘楼
(仮殿の附 石燈籠2基)
御旅所本殿(附 石舞台、東遊再興記石碑)
御旅所拝殿
御旅所神饌所
(御旅所の附 渡廊)
旧奥社唐門(石造)
旧奥社鳥居(石造)
旧奥社唐門と旧奥社鳥居の2棟は、17世紀半ばの地震で倒壊した後、山中に埋められ、銅製の鳥居と門に建て替えられた。その後、1967年に発掘され、東照宮宝物館脇に復元・再建された。
(以下は「附」(つけたり)指定物件)
参道(石鳥居以内)
鐘舎(附 銅鐘)(鐘楼前)
燈台(鐘楼前、蓮燈籠)
燈台穂屋(附 銅燈籠)(鼓楼前、回転燈籠)
燈台穂屋(附 銅燈籠)(鼓楼前、釣燈籠)
銅神庫
渡廊(陽明門東方回廊の東)
銅庫門(附 板塀)
非常門(附 銅板塀)(中神庫北方)
鳥居(銅製)(水盤舎前)
内番所
西浄
東通用御門(下神庫東方)
石柵(陽明門前、鐘楼・鼓楼前、非常門脇、表門前、五重塔周囲)
銅燈籠16基
鉄燈籠2基
石燈籠104基
国宝
太刀 銘助真(附:打刀拵)(日光助真)
太刀 銘国宗(附:糸巻太刀拵)
重要文化財
南蛮胴具足
紙本著色東照宮縁起 画狩野探幽筆 5巻
剣 銘久国弘安三年三月日(附:金銅宝剣拵)
小文地葵紋付胴服
太刀 銘一(福岡一文字)(附:糸巻太刀拵)
太刀 銘吉房(附:糸巻太刀拵)
短刀 無銘 伝行光作(附:白鮫柄合口拵)
南蛮胴具足
脇指 銘備前国住長船勝光宗光備中於草壁作 文明十九年二月吉日(附:小サ刀拵)
寛永諸家系図伝(真名本) 186冊
蒔絵箱入紙本墨書東照社縁起 3巻 上巻後水尾天皇宸翰
渾天儀 寛文十年酒井忠直奉納(銅製)(附:寛文九年石原信由渾天儀倭字解写)

ご由緒

日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。家康公は、天文(てんぶん)11年(1542)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)でご誕生になり、幼少より苦労を重ね戦国乱世を平定され、幕藩体制を確立されました。そして、世の中に秩序と組織を形成し、学問を勧め産業を興し、江戸時代260年間にわたる平和と文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされました。
 家康公は、元和2年4月17日駿府城(静岡県静岡市)で75歳の生涯を終えられ、直ちに久能山に神葬されました。そして御遺言により、一年後の元和3年4月15日、久能山より現在の地に移されおまつりされました。正遷宮は、同年4月17日二代将軍秀忠公をはじめ公武参列のもと厳粛に行われ、ここに東照社として鎮座しました。その後正保(しょうほ)2年(1645)宮号を賜り、東照宮と呼ばれるようになりました。
 尚、現在のおもな社殿群は、三代将軍家光公によって、寛永(かんえい)13年(1636)に造替されたものです。

体験世界遺産御朱印国宝重要文化財武将・サムライ

Wikipediaからの引用

概要
日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)は、日本の関東地方北部、栃木県日光市に所在する神社。江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)を主祭神として祀る。日本全国の東照宮の総本社的存在である。また久能山東照宮・上野東照宮と共に三大東照宮の一つに数えられる。正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」であるが、東照宮の公式サイトがホームページに「日光東照宮」と掲げており、他の東照宮との区別のために「日光東照宮」とも呼ばれる。 隣接する仏教寺院の輪王寺は、勝道による日光山開山を奈良時代の天平神護2年(766年)とする。その後、関東地方の霊場として尊崇を集め、鎌倉幕府創始者の源頼朝からも寄進を受けた。頼朝は、母方の熱田大宮司家の出身者を別当に据えて以来、鎌倉幕府、関東公方、後北条氏の歴代を通じて、東国の宗教的権威となっていた。こうした歴史を背景に、徳川氏は東照宮を造営したと考えられる。 輪王寺、日光二荒山神社を含めた二社一寺は、「日光の社寺」としてユネスコ世界文化遺産に登録されている。JR日光駅、東武日光駅にかけて門前町が形成され、参拝者や外国人を含む観光客が多く訪れる。
歴史
歴史[編集] 江戸時代の元和2年4月17日(1616年6月1日)、徳川家康は駿府(現在の静岡市)で死去した。遺命によって遺骸は直ちに駿河国の久能山に葬られ、同年中に久能山東照宮の完成を見たが、翌・元和3年(1617年)に二代将軍秀忠が天海僧正に命じ下野国日光に改葬されることとなった[1]。 日光では同年4月(4月)に社殿が完成し(作事奉行は藤堂高虎が務めた)、朝廷から東照大権現の神号と正一位の位階の追贈を受け、4月8日(5月12日)に奥院廟塔に改葬され、家康死去の一周忌にあたる4月17日に遷座祭が行われた。なお、改葬の際、吉田神道と山王神道のどちらで祀るかで論争となり、天海が主張した山王...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] 鉄道 東武日光線・東武日光駅、JR日光線・日光駅 駅から東武バス日光の中禅寺温泉・湯元温泉方面、奥細尾行きおよび「世界遺産めぐり循環バス」を利用し、西参道下車。 関東自動車の一般路線バス・JR宇都宮駅 - 東武駅前~日光駅前(JR・東武)~日光東照宮行きに乗車、終点で下車となる。日光駅の各2停留所は、駅前に乗り入れず、駅そばの国道119号上のバス停からの利用となる。東武バス日光・関東自動車も「totra」や「Suica」など交通系ICカードが利用可能。 わたらせ渓谷鉄道通洞駅・足尾駅・間藤駅から日光市営バス足尾JR日光駅線「JR日光駅行き」に乗車、日光総合会館前下...Wikipediaで続きを読む
引用元情報日光東照宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%97%A5%E5%85%89%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE&oldid=91553933

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