むなかたじんじゃ
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楽しみ方胸形神社のお参りの記録一覧
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小山市周辺には内陸なのに宗像大社を勧請された胸形神社が複数ありその一社です。
御朱印で有名な網戸神社さんも社殿や境内にある社号は「胸形神社」となっています。
川による舟運と陸路の交通の要所であること、田んぼが多く五穀豊穣を願うことから宗像三女神を勧請したのではないかともいわれるそうです。
個々の胸形神社さまは天満宮と相殿ですので、胸形神社単体の御朱印と寒川天満宮も併記される見開きの御朱印があり、祭礼の際に稚児が担ぐ花桶担ぎの印が押されます。
この花桶担ぎ印の色違いのものは書置きで頒布されます。
社務所が開いていないときには、宮司様宅の連絡先が貼られていますので、連絡を取るとご対応いただくことができます。








こんな内陸部に宗像三女神を祀った神社がある。しかも宗像大社の直系分霊らしく、御朱印や御札も授かれる!と聞いて、我が女神コレクションに加えるべく嬉々として行ってみましたw
当初は馬にまつわる駒形神社と勘違いしてて、なんで宗像三女神がおわすのだ?(・_・?)と不思議に思ったのですが、直前になって「駒形」ではなく「胸形」と気付いた(^^;
この辺りは寒川郷といって源頼朝の乳母の寒河尼にも所縁のある土地。
前の乙女八幡宮で書いたように、昔は思川・巴波川・渡良瀬川・利根川水系の船運盛んな土地で、またまさに洪水対策で作られた渡良瀬遊水地があるように水害も多かったので、海神の宗像三女神を祀ったのでしょう。
ちなみに合祀社のように天神社や天満宮もわりかし多く、船運を通じた九州方面との繋がりが偲ばれます。
無住ですが電話番号があり、連絡すれば宮司さんが来てくれると聞ていたので実際に架けてみたところ・・・
「10分くらいで行きます」
待っていたところ、なんと略式ながらワザワザ白衣を着て、御朱印道具の入った大きな風呂敷包みを持った宮司さんが本当に車で来てくれました!Σ( ̄□ ̄;)
御朱印も3種類なので、他の無人社のように全て書置きでも誰も文句は言わないと思いますが、わざわざ1人の参拝客のためにも御足労くださって丁寧に直書きしてくれる・・・感涙(;▽;)
写真の花桶かつぎ祭りの伝統維持も含めて、誠実な宮司さんや地域の方に厚く守られてる。
まさに神対応と呼ぶに相応しい。 この神社、間違いなくご利益ありますよ!(* ̄∇ ̄*)
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胸形神社(むなかた~)は、栃木県小山市寒川にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。主祭神は田心姫命(たきりびめ)、配祀神は市杵島命(いちきしまひめ)、多岐津比売命(たぎつひめ)。
社伝によると、崇神天皇の御代(564年~631年)に、九州の牟奈加多神社(宗像神社)の祭神を勧請し創建。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「下野國 寒川郡 胸形神社 小」の論社で、もう一つの論社として、栃木県小山市網戸にある「網戸神社」がある。中世以降は衰微したが、江戸時代末期の1844年に社殿を再建。明治時代の近代社格制度下では郷社に列した。なお社殿は、明治、大正、昭和戦前と、近隣の川(巴波(うずま)川)の氾濫の度、改修されてきたとのこと。
当社は、JR宇都宮線・間々田駅の北西5kmほどの、巴波川そばの畑作地帯にある。昔から風水害が多いようで、境内は木々が少ないが、御神木は川の氾濫をも耐えた樹齢300年の榎木。境内の大きさは小さめの郷社相当。境内に由緒などの説明書きが多いので、新参者には非常にやさしい。
今回は、下野國の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中、自分以外にも数人、御朱印目当ての参拝者が訪れていた。
※当社は普段無人社だが、社務所に宮司さんの連絡先の記載があり、連絡をすると宮司さんに来ていただけるので、御朱印を拝受できる。

境内東端入口の<鳥居>と<社号標>。社号標に刻まれた字が達筆過ぎて読めない...
解読可能な範囲だと「**式内*社 胸形神社」。「胸」の字が「ぎょうにん偏」に見える...(^_^;)

社号標の横の石碑にも社名が記載されていて、こちらは「郷社 胸形神社」とある。こちらも「胸」の字が「ぎょうにん偏」に見える。
栃木県のおすすめ2選🎌
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