かもわけいかづちじんじゃ
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楽しみ方加茂別雷神社のお参りの記録一覧
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由緒は不明ですが、かもわけ神社が二社が縦に林立しています。よく見ると漢字が異なっていました。賀茂と加茂です。両社の因縁を究明したいものです。
最近、山越地区公民館が、敷地内に建立され、地域の一拠点として、その役割を強固なものにしています。民と神の交流の中継者としての神社の役割は、天災人災により、人生を破綻に追いやられた方々の、息付き場が、主体的に村を主導する合意形成の発信所となりました。
普段は人通りも少なく、神社関係者も、隣接する自宅で、業務をこなして、分業も進んでいます。大晦日と三が日、春秋の大祭が主たる出番です。
国道から、折れるとすぐ参道があり、樹木はなく、風通しの良い神の道です。手水場の浄水は枯れ、代わりにスプレーが置かれています。厳かな拝殿本殿の周囲には、鬱蒼とした樹樹が繁茂し、荒い風雨から、守護してくれています。平坦なお屋敷であり、近所の住民もお使い帰りにでも、ふと立ち寄れる気やすさがあります。



佐野市山越町にご鎮座されていて、ご祭神は別雷命、天児屋根命、菅原道真公になります。
大同2年(807)5月5日に山城国上賀茂大神のご分霊を勧請して加茂別雷大権現と尊称していました。
菅原道真公は後に合祀されました。ご神体は黄金の菅原道真像で、藤原秀郷が守り神として平将門誅伐の際に携帯したものを、その子千常が奉納したといいます。
社殿の裏には菊水と呼ばれる小池がありました。この霊池は菊沢川の源で、清水がコンコンと湧き出て大干ばつでも枯れることはなく、灌漑肥沃として五穀成就の守護神とされました。それ故に、社号を菊沢神社加茂別雷大権現と称しましたが、明治維新後に現在の社号に改称されました。
社地には数多くの菊が5月から霜の頃まで咲き満ちて、その美しさから里人はこの菊を雷菊と呼んだといいます。
お参りしたあと、昼日森天満宮を無事に見つけられてホッとしたのか小腹がすいたので、神社の斜め向かいにある和菓子屋の菊本屋さんでしんこまんじゅうを買って食べました😋めっちゃ美味しかったです🎶
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一瓶塚稲荷神社と並ぶ生まれ故郷を代表する神社ながら、私的にどうもスルーしがちな賀茂別雷神社(^^;
やはり一瓶塚稲荷が産土神であるのと、田沼町に住んでたのはかなり幼い頃で、二つの賀茂別雷神社のある山越や多田は幼児の足では遠くてあまり来たことがなく思い入れも低いため(-∀-; ) (ダンプが多くて危ないので国道293を渡るなと親に言われてましたw)
そういうワケである種片参りのような状況になってたので、これはイカン(>_<)と思い、たまには賀茂別雷神社も参拝してみることにしました(^^;
まずはマイナーな山越の賀茂別雷神社の方へ。
ここ、御朱印で有名なもう一つの賀茂別雷神社と里宮・奥宮みたいな関係なんだろうとずっと思ってたんですが、今回改めて調べてみたらどうも違うらしい・・・
まず栃木県神社庁のHPで見たところ、宮司さんも連絡先も違ってた(^^;
もう一つの賀茂別雷神社のHPに記載されていた由来にも特にこちらとの関わりは書かれておらず。
こちらの賀茂別雷神社にはHPがなかったので、Google Mapにリンクのあった全国神社検索のHPを見たところ、どうも由来は同一のようなんですが、現代読み下し文ではなく古文調のままで載ってたので正直よく理解できなかったです(^^;
まぁ由来、近い距離、同一社名から考えて、歴史上全く関係がなかったとは思えないのですが、少なくとも現代においては別個の神社として管理運営されてるようです。
こちらも一種類ながら書き置きがあるとは聞いてたのですが残念ながら見当たらず( ´・ω・`)
宮司さん宅に連絡すれば直書きももらえるとは聞いてたのですが、まぁ面倒なのでそこまでしなくてもいいかと思い今回は参拝のみ。

鳥居

神楽殿
子供の頃一度だけこの神社のお祭りに来たことがあり、地元の風呂桶職人だった爺さんが、ばってん荒川みたいな婆さんの格好をして一人芝居をやってたのを見た記憶ありw
若い人にはばってん荒川といってもわからないと思うので、コウメ太夫ような人だと想像してみてくださいw


栃木県のおすすめ2選🎍
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