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【嘉多山 浅間神社】⛩️
▫️御祭神:木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト) 他7柱
▫️ 今より約800年前の弘長2年(1261)に創建された。徳川時代に、上州館林藩(群馬県館林市)の鬼門除けになり、境内の整備が進められました。
戦後になると、神社境内地より良質の石灰石が発見され、採掘による粉塵被害が多くなったために、昭和46年に嘉多山の地へ遷座いたしました。
▫️御本殿裏に素晴らしい彫刻があります。
《木花咲耶姫について》
▫️桜の花も恥じらう美貌の持ち主である女神様。
桜のように美しいのではなく、桜の方が木花開耶姫の美貌にあやかったと言われている。
山の神であった頃の名は、神阿多都比売(カムアタツヒメ)等。
▫️父は、大山津見神(オオヤマツミ)、姉は磐長姫命(イワナガヒメ)。
▫️天孫降臨した天照大神の孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は一目惚れし、すぐに求婚する。大山津見神は、姉の磐長姫命も一緒に嫁がせようとしたが、瓊瓊杵尊は木花咲耶姫だけを娶る。
磐長姫を妻にすれば、天津神の御子(瓊瓊杵尊)の命は岩のように永遠になるはずであった。木花咲耶姫だけを妻にしたため木の花が咲き誇るように繁栄はするだろうが、その命ははかないものになるだろうと言った。
この瓊瓊杵尊の選択により、子孫である天皇に寿命が生じたと言われている。
(ちなみに、磐長姫命は氣の領域を司る神様なので半霊半物質。瓊瓊杵尊は磐長姫命が醜かったから拒絶したと言われているが、醜かったのではなく、見にくかった(見えにくかった)そうです。磐長姫命も絶世の美女だったそうです。)
▫️木花咲耶姫は一夜で身籠るが、瓊瓊杵尊は国津神の子ではないかと疑った。
疑いを晴らすため、誓約をして産屋に入り、「天津神である邇邇芸命の本当の子なら何があっても無事に産めるはず」と、産屋に火を放ってその中で無事に三柱の子を生んだ。
▫️富士山の噴火が起きた時、木花咲耶姫は心の中に何か突き上げてくる不思議な気配を感じました。「私は誰だろう。火の中でお産をしても、恐ろしい火の山に登っても、無事でいられるとは。私は水の精だろうか…。私が水の精だとしたら火を鎮めるために神様から授けられたのかもしれない。父、大山祇神様、どうか私にこの大きな役を果たさせて下さい。」木花咲耶姫はこの国を守るために、富士山の頂上の火口の中に身をひるがえすように飛び降りていきました。渦巻く煙が姫の身体を包むように見えた途端に、噴火の炎は消え去り、姫の姿は吸い込まれるように消えてしまいました。木花咲耶姫には火を鎮める不思議な力があったのです。
▫️御子を育てる際に、お乳の代わりに甘酒を作って飲ませたという神話もあります。
そのため、農業や酒造繁栄の神様としても祀られています。
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