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【突撃!助戸東山登拝⛰️墓地転落編】
金剛閣の廃墟群から定年寺墓地に出る。ひとまず山に入る前に安全祈願しておくかと、定年寺も参拝していくことにしました。
数年前、まだあまり知識のない頃に一度受印しに来ましたが、改めてみるとやっぱりいいお寺ですここ😍
かなり広大な墓地がある檀家さんの多い裕福なお寺なんでしょうが、単に派手にお金掛けてるだけという感じではなく、堂とか仏像の配置に禅寺らしい趣きがある。
今日は山登りが主目的だったので受印は予定してなかったのですが、感銘を受けたのでせっかくだから受印してくことしましたw
足利板東三十三観音・両野三十三観音の方は受印済みなので、今日は足利三十三観音の方。
さて受印も済ませ、喜び勇んで山に登ろうと再び墓地の方に向かったのですが・・・墓地がちょっと迷路というかあみだくじ状になってて、登り詰めた先は行き止まり😫
ふと横を見ると二~三軒分くらいの墓地の先に山に続く道がある💡 一旦下りて大回りするのが面倒だったので、人ん家の墓地の上の壁を伝ってシフトしちゃおうと思ったのですが・・・(*´艸`)
ツルッ👟💨 うわあああぁぁぁぁぁ⁉️😱 ドサッ💥
見事に罰が当たったらしく、二段下くらいの墓地まで転落し、下の墓地を囲む壁に思いっきり激突😵⤵️💥
ダメージは左手と右手首の擦過傷、および右足の付け根辺りを打撲😭
怪我したのが今日最初に松の木を触った左手だったので、阿弥陀様の呪いか?😰と思いましたが・・・でも考えてみたら、1mくらいの高さから落ちたにも関わらず不思議と綺麗に足から着地できて頭とかは打たなかったり、人ん家の墓石や卒塔婆にぶつかったり供物倒したりみたいなさらに呪いを受けそうな事態は避けられたり・・・
何よりも不思議なのは腰の辺りを強打したにも関わらず、持病のヘルニアには影響しない当たり方だったらしく、腰痛が全く再発しなかったこと⁉️😳
むしろこれ、墓場の主には罰を当てられたが、阿弥陀様がある程度救ってくれたのでは❓️👻💧と思いました😅
とりあえず墓地の中ではどうにもならんので、落ち着くのを待って上の古墳までなんとか這い上がり、上にベンチがあったのでひとまず休んで登山強行するかこのまま帰るか思案😖💫
To Be Continued・・・
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栃木県 足利市 助戸 に境内を構える、定年寺、正式名称は 虎嘯山 定年寺(こしょうざん じょうねんじ)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、2024 に足利三十三観音霊場 巡礼にて参拝致しました、足利地方は歴史在る建物が多く所在しており 寺院も見所在ります、寺院対応も良い寺院でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 虎嘯山、寺号は 定年寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 釈迦牟尼仏、足利三十三観音霊場 第三十番札所、足利坂東三十三観音霊場 第二番札所 札所ご本尊は 如意輪観世音、
本寺は、千葉県 市川市 国府台 総寧寺
土井能登守の家臣大野市左衛門定年(殿嘯山吟虎)は、家老であったが、飛領地のため足利助戸町植木七兵衛宅をあてて、地区の政務を執っていた。
定年は篤く仏教に帰依し、七兵衛に命じて堂宇を建立し、助戸仲町の永明庵を移して、自ら開基となり、その名をとって定年寺を創立した。(1652年)大野定年は千葉県国分台の総寧寺22世住職智堂光紹和尚を敬慕し、和尚を請して開祖とした。定年寺の裏には助戸山3号墳(足利市指定文化財)があります。
全17基からなる助戸山古墳群の中の1基で、唯一の前方後円墳です。
全長27.5m、2段築成で円筒埴輪列を伴い、前方部南隅のテラスでは、円筒埴輪列の間から須恵器の大甕(おおがめ)が出土しました。
後円部中心には南向きに開口する横穴式石室(せきしつ)があり、この石室からは武具、馬具、ガラス製小玉、ガラス製勾玉が出土したほか、人骨がまとめられた状態で出土しました。
後円部(こうえんぶ)径と前方部幅がほぼ等しいことや出土遺物などから6世紀後半頃に建造されたものと推定されます。
助戸山3号墳は、この地域を統括していた人の墳墓と考えられ、古墳時代後期の小規模な前方後円墳の構造及び副葬品の全容が確認できた古墳として重要であり、本市の古墳時代を語る上で貴重な史跡です


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