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ばんなじ|真言宗大日派金剛山

鑁阿寺の御由緒・歴史
栃木県 足利駅

ご本尊《本尊》大日如来
《堂宇》不動堂・多宝塔・一切経堂・大黒堂・蛭子堂・御霊屋
《霊場本尊》聖観世音菩薩・大黒天
創建時代建久七年(1196)
開山・開基足利義兼
ご由緒

鑁阿寺(ばんなじ)は、源姓足利氏二代目の足利義兼(あしかがよしかね)が、建久7年(1196年)に、邸内に持仏堂(じぶつどう)を建て、守り本尊として大日如来を祀ったのが始まりといわれています。
その後、三代目の足利義氏(あしかがよしうじ)が堂塔伽藍を建立し、足利一門の氏寺としました。
周囲に土塁と堀をめぐらした寺域はほぼ正方形で、約40,000平方メートルあり、鎌倉時代の武家屋敷の面影を今に伝えています。
 境内には国宝指定の本堂など貴重な建物が多く、また大正11年には国の史跡に指定されています。
 春は桜、秋はいちょうの黄葉が素晴らしく、市民には『大日様』と呼ばれ親しまれています。

歴史
歴史[編集] 12世紀半ば - 足利氏の祖・源義康が同地に居館(足利氏館)を構える。 1196年(建久7年) - 足利義兼(戒名:鑁阿)が理真を招聘し、自宅である居館に大日如来を奉納した持仏堂、堀内御堂を建立。 1234年(文暦元年) - 足利義氏が伽藍を整備、足利氏の氏寺となる。 南北朝時代 - 鶴岡八幡宮の支配下となる。 1908年(明治41年) - 鑁阿寺本堂が古社寺保存法に基づく特別保護建造物(現行法の重要文化財に相当)に指定される。 1922年(大正11年)3月8日 - 「足利氏宅跡」として国の史跡に指定される。 1950年(昭和25年) - 文化財保護法の制定により、本堂が重...Wikipediaで続きを読む
引用元情報鑁阿寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%91%81%E9%98%BF%E5%AF%BA&oldid=102244451

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