御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※大谷寺ではいただけません

おおやじ|天台宗天開山

大谷寺

栃木県 鹿沼駅

投稿する
028-652-0128

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

右下に天開山、左下に大谷寺、真ん中に千手大悲殿と書かれ、梵字の印が押されています。
観音堂が描かれた御朱印帳があります。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり。拝観しない場合は有料。

巡礼

坂東三十三観音
⚫︎坂東三十三観音霊場
第十九番札所
⚫︎下野七福神
弁財天

おすすめの投稿

惣一郎
2021年09月30日(木)
967投稿

大谷寺(おおやじ)は、栃木県宇都宮市にある天台宗の寺院。山号は天開山、院号は千手院。本尊は千手観音。別称「大谷観音」。坂東三十三観音霊場19番。本尊・石造千手観音菩薩立像など「大谷磨崖仏」は国の特別史跡および国指定の重要文化財。

寺伝によると、平安時代初期の810年、弘法大師・空海が巡錫した際、毒蛇が棲む谷があると聞き、自ら洞窟に入って退治し、千手観音を彫ったのが始まり。平安時代末期までには現存の磨崖仏の造立がほぼ完了し、鎌倉時代初期に鎌倉幕府により坂東三十三観音霊場の一つとされたと推定されている。その後、鎌倉幕府の有力御家人であった当地領主・下野宇都宮氏の加護を受け隆盛した。豊臣秀吉により下野宇都宮氏が改易され一時衰退するが、江戸時代になると宇都宮城主・奥平忠昌が慈眼大師天海の弟子・伝海を援助して堂宇を再建した。その後たびたびの火災で堂宇を焼失したが、諸侯などの援助で再建した。

当寺は、JR宇都宮線・宇都宮駅の西北西8kmほどの平地にある。周囲にはところどころ凝灰岩の小山があり、メインの境内が洞窟寺院となっているほか、近隣に巨大仏像である平和観音がある。有料拝観のメインの境内は、本堂のあるエリアと、弁天堂と池があるエリアの2つに分かれているが、さほど広くはない。

今回は坂東三十三観音霊場の一寺として参拝することに。参拝時は祝日の午前中で、多くはないが途切れることなく参拝者が訪れていた。

大谷寺の山門

境内西端入口の<仁王門>。

大谷寺の建物その他

入るとすぐに<賽銭箱>が。ここから先は有料拝観エリアのため。左側に<拝観受付>がある。御朱印はそちら。

大谷寺の建物その他

変わった形、変わった色をした岩山の根元に、めり込むようにして立っている<観音堂>。

大谷寺の仏像

観音堂に向かって右手の岩肌。多数の石仏が建っている。

大谷寺(栃木県)

多数の石仏の左側にある、小さな洞窟と祠。

大谷寺の建物その他

<観音堂>正面。建物の構造や造形も魅力的だが、いろんな種類の扁額も面白い。

大谷寺の建物その他

<葵の御紋>の使用が許諾されているみたい。慈眼大師の弟子のおかげかな?

大谷寺の仏像

観音堂内にある、岩肌に直接彫られた<磨崖仏>。弘法大師作と伝わる、本尊<千手観音菩薩>。高さが4mある。
実物は撮影禁止なので、拝観受付近くにあった、ポスターを撮影。(^_^;)

大谷寺の建物その他

観音堂の上部の岩はこんな感じ。こんな異様な自然の造形を見れば、霊力を感じてしまうのも当然かな。

大谷寺の建物その他

拝観受付を挟んで反対側の境内の景色。池があって、浮島に<弁天堂>が建っている。写真左側(枠外)には<博物館>がある。この界隈はもともと古墳地帯で、古墳の出土物の展示もある。

大谷寺の末社

こちらが浮島上の<弁天堂>。右側に<白蛇>の像がある。空海が退治した<毒蛇>なのかな?

大谷寺の本殿

池の北側にある、<浄土院>の扁額が掛かる建物。

大谷寺の仏像

建物の前に立っている石仏たち。考える姿がキュートで魅力的。

大谷寺の建物その他

境内最奥エリア。

大谷寺の建物その他

最後にもう一度、<観音堂>。インパクト抜群。

大谷寺の建物その他

仁王門から出て、左手に数十m進むと、岩壁が割れた場所がある。

大谷寺の仏像

谷間を進むと、高さ27mの<平和観音像>が立っている。1954年の造立。

大谷寺の建物その他

このエリアは、もともと大谷石(軽石凝灰岩)の採掘エリアだったみたい。

大谷寺(栃木県)

それにしても大きい。

大谷寺の山門

仁王門の目の前が有料駐車場。

もっと読む
聖奈
2021年02月11日(木)
17投稿

大谷寺は、栃木県宇都宮市にある天台宗の寺院です。坂東三十三箇所第19番札所でかつ、国の特別史跡および重要文化財に指定されているなかなか私得のお寺さんでした。

大谷石凝灰岩層の洞穴内にあり、日本屈指の洞窟寺院で、本尊は、凝灰岩の岩壁に彫られた丈六(約4.5メートル)の千手観音です。 観音堂の中の大谷石の崖には千手観音の他にも、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来がおられます。
なお、お前立観音の大きな観音様はなかなか茂った木々に覆われて意外と入口探すのに手こずってしまいました。一般には大谷観音、平和観音と呼ばれ親しまれています。

またこのお寺の近くには縄文時代の遺跡があるのですが、日本最古と言われる縄文人の人骨(私より身長大きい。。)も展示されていました。ちょっと恐ろしかったですが。

バスの本数があまり無いのですが、大谷石文化が日本遺産に認定されたからか、最近近くにはおしゃれカフェが出来ていたりするので、周辺も楽しめるかと思います。(大谷資料館も幻想的で歴史も感じることの出来る素晴らしいスポットです。)

大谷寺の御朱印

御朱印もいただけます。

大谷寺の本殿

まさに石に埋もれたお寺さんです。

大谷寺の本殿大谷寺の自然

綺麗な大きな百合が咲いていました!

大谷寺の庭園

右端の白い龍を触るとお金持ちになれると言われています🐉

大谷寺の庭園大谷寺の庭園

この先は登拝入口のようです。

大谷寺の山門

お寺の入口。

大谷寺の仏像

昭和の時代に大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた像高88尺8寸8分(26.93メートル)、胴回り20メートルの石造観音菩薩立像です。(お前立観音)

大谷寺の景色

実は観音様の顔のところまで階段で登れます。そこからの景色はこんな感じ。

大谷寺の建物その他

加工しやすく耐性の強い石として重宝された大谷石ですがあらゆる🪨が人工的に切られたような状態で鎮座しています。

もっと読む
投稿をもっと見る(54件)

歴史

天然の洞窟の中にすっぽりと包まれた大谷寺は、810年弘法大師による開基。本尊の大谷観音は、岩彫りの高さ4mの千手観音で、磨崖仏としては日本最古。
鎌倉時代には、二荒山神社の社務職を兼ねながら下野国宇都宮を治めた宇都宮氏の保護を受けて興隆。
その後、豊臣秀吉によって宇都宮氏が改易されると衰退したが、江戸時代になると徳川家康の側近として活躍した天海の弟子・伝海が堂宇を再建。
宝永年間にも堂宇が建立されたが、その後の火災で多くの堂宇が焼失した。

歴史をもっと見る|
4

大谷寺の基本情報

住所栃木県宇都宮市大谷町1198
行き方
アクセスを詳しく見る
名称大谷寺
読み方おおやじ
参拝料

大人500円、中学生200円、小学生100円、団体割引あり

トイレあり
御朱印あり

右下に天開山、左下に大谷寺、真ん中に千手大悲殿と書かれ、梵字の印が押されています。
観音堂が描かれた御朱印帳があります。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号028-652-0128
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
絵馬あり

詳細情報

ご本尊千手観世音菩薩
山号天開山
院号浄土院
宗旨・宗派天台宗
創建時代不詳(奈良時代後期から平安時代初期と云われる)
開山・開基開基 弘法大師
札所など

⚫︎坂東三十三観音霊場 第十九番札所
⚫︎下野七福神 弁財天

文化財

⚫︎石造千手観音菩薩立像、同釈迦三尊像、同薬師三尊像、同阿弥陀三尊像(国の特別史跡及び重要文化財)
⚫︎銅鐘(県指定有形文化財)
⚫︎銅製灯篭、銅製鰐口(市指定有形文化財)

ご由緒

天然の洞窟の中にすっぽりと包まれた大谷寺は、810年弘法大師による開基。本尊の大谷観音は、岩彫りの高さ4mの千手観音で、磨崖仏としては日本最古。
鎌倉時代には、二荒山神社の社務職を兼ねながら下野国宇都宮を治めた宇都宮氏の保護を受けて興隆。
その後、豊臣秀吉によって宇都宮氏が改易されると衰退したが、江戸時代になると徳川家康の側近として活躍した天海の弟子・伝海が堂宇を再建。
宝永年間にも堂宇が建立されたが、その後の火災で多くの堂宇が焼失した。

体験御朱印札所・七福神巡り

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
めめ小バナー