おうみくにたまじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方淡海國玉神社のお参りの記録一覧
絞り込み

遠江國式内社巡り 其の十四
■神社名 淡海國玉神社(オウミクヤナタマジンジュ)
■御鎮座 磐田市見付
■御祭神 大国主命
■御例祭 七月十三 十四 十五日
(現在は直前の金 土 日曜日)
見付祇園際
■式内社 遠江國六十二座磐田郡十四座
淡海國玉神社(アハウミノクニタマノカミノヤシロ)
■旧社格 遠江國総社
縣社
淡海國玉神社は延喜式神名帳の遠江国六十二座磐田郡十四座の一社に列する古社です。
◆遠江國は現在の静岡県西部の大井川以西、磐田郡は天竜川と太田川に挟まれた現磐田市を中心とした一帯の辺りを示します。
(遠江国府はこの磐田郡見附に置かれました)
遠江國の総社として國内の神社巡拝を叶えるべく主祭神大国主命の他、相殿神として十六柱の神々がお祀りされています。
古来より琵琶湖のある近江國を近淡海國(チカツアハウミノクニ)、浜名湖のある遠江國をを遠淡海國(トオツアハウミノクニ)と称していました。
(淡海というのは淡水湖のことを指す古称です)
また國玉は國魂として神道における國(律令國)そのものを神格化したものである、ともされています。
総社として物理的な便宜以外にも精神的に國を代表して取りまとめる思いが、社名にも込められているものであると感じます。
現在の御社殿は、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎とされる、旧見付学校の隣に表向きひっそりと鎮座されています。
しかしながら総社として國中の主だる神様がお集まりされている訳ですが、式内社巡りという観点でも多くの式内社が一堂に会されています。
明治時代に入って以下の式内四座が本社に合祀されました。
◆御子神神社(ミコカミノカミノヤシロ)二座
◆御祖神社(ミヲヤノカミノヤシロ)一座
◆須波若御子神社(スハワカミコノカミノヤシロ)一座
飛地境内社として以下の二社に式内五座が祀られています。
■雷三神社(ライサンジンジャ)
◆豊雷命神社(トヨイカツチノミコトノカミノヤシロ)一座
◆豊雷売命神社(トヨイカツチヒメノミコトノカミノヤシロ)一座
◆生雷命神社(イクイカツチノミコトノカミノヤシロ)一座
■天御子神社(アマミコジンジャ)
◆天御子神社(アメノミコノカミノヤシロ)二座
🐰 🐰 🐰 🐰 🐰 🐰 🐰 🐰 🐰
四季折々の催しや限定の御朱印をお受けするのも楽しみではありますが、今改めて地元遠州の古社式内社を巡らせていただき造詣を深めよう、と思い立っての巡拝です。
.




【遠江國 式内社巡り】
淡海国玉神社(おうみ・くにたま~)は、静岡県磐田市見付にある神社。式内社で、遠江國総社。旧社格は県社。主祭神は大国主命。
創建は不詳。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「遠江國 磐田郡 淡海國玉神社 小」に比定されている。当社のある見付(磐田)には遠江國の国府が置かれ、当社は遠江國の総社として崇められた。1590年に豊臣秀吉から朱印状を受け、1602年に徳川家康から朱印状を受け、江戸幕府から朱印地72石を下賜された。明治時代に入り、近代社格制度のもと県社に列格した。
当社は、JR東海道本線・磐田駅の北方2kmほどの平地の市街地にある。南側数十mのところに東海道(見付宿場通り)が通っている。入口脇には明治時代に建てられた、現存する日本最古の擬洋風木造小学校校舎「旧見付学校」がある。昔は東海道の見付宿の中心部であったと思われる。境内はそこそこの広さはあるものの、基本的には本社社殿のみでシンプルな構成。旧県社としてはかなり小さいかな。
今回は、遠江國の式内社、静岡県の旧県社として参拝することに。参拝時は休日の午前中早めの時間で、参拝者は自分以外にはいなかった。
※御朱印は、矢奈比賣神社(磐田市見付)で拝受できる。
もっと読む静岡県のおすすめ3選🎍
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


















































