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いわみのくにいちのみや もののべじんじゃ

石見国一宮 物部神社のお参りの記録一覧
公式島根県 大田市駅

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惣一郎
惣一郎
2021年11月18日(木)1269投稿

物部神社(もののべ~)は、島根県大田市にある神社。式内社で、石見国一之宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。主祭神は宇摩志麻遅命(うましまじ)、相殿神(右座)は饒速日命(にぎはやひ)、布都霊神(ふつのみたま)、相殿神(左座)は天御中主大神、天照皇大神。宮中で開催される鎮魂祭を行うことで、石上神宮、彌彦神社とともに知られる。祭神が鶴に乗って石見国に降臨したと伝わるため神紋は「日負鶴(ひおいづる)」。

社伝によると、物部氏の祖神であり饒速日命の御子である宇摩志麻遅命は、神武天皇の大和平定を助けた後、一族を率いて尾張・美濃・越国を平定し、その後に石見国で歿した。当社は、継体天皇8年(513年)に勅命により、宇摩志麻遅命が葬られた八百山の南麓に社殿が創建されたことに始まる。
『日本紀略』によると平安時代の869年に神階昇叙の記載があり、以後941年まで複数回、神階昇叙の記載がある。また927年に編纂された『延喜式神名帳』には「石見国 安濃郡 物部神社 小」と記載されている。その後、岩見国一之宮として、歴代領主の崇敬を受けた。室町時代後期の1527年に石見銀山が発見されると争奪戦が激しくなり、兵火で社殿を三度焼失するも、大内氏、毛利氏などが当地を支配し、当社に戦勝祈願を行った記録がある。現在の社殿は江戸時代中期の1753年再建、1856年改修の春日造で、全国一の規模を誇る。

当社は、JR山陰本線・大田市駅の南方5kmの緩やかな丘陵地帯にある。日本海側から南に伸びる国道375号線からほんの少し入った場所にあって、市街地からのアクセスは良い。八百山を背にした境内は平坦かつ横長で、樹木が少ないこともあり広々として見通しが良い。サイズとしては、旧国幣小社ではあるが、やや小さめか。

今回は、延喜式内社、岩見国一之宮、旧国幣小社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は週末午前中早めの時間で、自分たち以外にも地元風、観光客風の参拝者が何人か参拝に訪れていた。

石見国一宮 物部神社の鳥居

境内南端入口の<社号標>。<鳥居>は、南向きではなくなぜか南西向き。

石見国一宮 物部神社の鳥居

大きな<木製鳥居>。社殿までまっすぐに表参道が伸びる。

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