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いずものおおやしろ

出雲大社

島根県 出雲大社前駅

6:00~20:00[3月~10月]
6:30~20:00[11月~2月]

投稿する
0853-53-3100

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(3種類)

出雲大社で常時いただける御朱印は3種類です。

御本殿の御朱印(手書き)

お気持ちで

「参拝」という大きな文字に加えて、
「出雲大社」という印が押されています。

神楽殿の御朱印(手書き)

お気持ちで

「参拝」という大きな文字に加えて、
「出雲大社神楽殿」という印が押されています。

出雲国神仏霊場

出雲國神仏霊場第一番の御朱印

金500円(護縁珠が付与されます)

右上に「出雲國神仏霊場第一番」の印、
中央上部には「出雲大社」の印が押されています。

出雲神話の国譲りを表現した「譲」という大きな文字が印象的です。

【護縁珠(ごえんじゅ)の紹介】
御朱印の授与の際、同様の文字などが刻印された「護縁珠(ごえんじゅ)」という木製の巡拝記念の珠が一個付与されます。
護縁珠には、「社寺の番号」、「社寺名」、「社寺の教えの一文字」が彫り込まれています。 材質は国産の桜の木です。桜は直接人の肌にふれてもアレルギーがないやさしい木です。島根県の奥出雲町の雲州そろばんの技術を駆使して作成されました。 写真のように「護縁珠むすび」の組紐でひとつにつなげると、首から下げられるお守りとなります護縁珠(ごえんじゅ)について

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳は拝殿横の御守所や、神楽殿脇の授与所でいただくことができます。
また北島國造館では、御神殿と天神社の二種類の御朱印をいただくこともできます。

受付時間
[3月~10月] 6:00~20:00
[11月~2月] 6:30~20:00

詳しくは公式サイトをご確認ください。

新型コロナウイルスによる御朱印の受付時間の変更

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、下記の通り参拝時間等の一部短縮を行います。
ご参拝の皆様方にはご不便をおかけしますが、ご理解ご協力をいただきますようお願い致します。
【参拝時間について】
〔通常時〕 6:00~20:00
〔変更後〕 6:00~18:00
⇒上記の時間帯以外は銅鳥居前での参拝となります。
【ご祈祷の時間について】※変更なし
〔通常時〕 9:00~16:30(受付時間は8:30~16:00)
【御札・御守・御朱印の授与時間について】
〔通常時〕 6:00~20:00
〔変更後〕 7:00~18:00
※上記につきましては、今後の感染状況によって変更する場合がございますので、詳細はお電話にてご確認下さい。
《問合わせ先》出雲大社社務所 ℡0853-53-3100(代表)
《問合せ時間》8:30~16:30
新型コロナウイルス感染症対策に伴う参拝時間等の変更について(公式ホームページより / 2020年4月19日)

御朱印帳

青色

1200円

全体的に雲がデザインされています。

出雲大社の神紋に加えて、「出雲大社」の文字と「Izumo Oyashiro」と英語でデザインされています。
実は出雲大社の正式名称は「いずもおおやしろ」なのですが、
それがこの御朱印帳のデザインからも分かります。

白色


1200円

出雲大社で有名な大きなしめ縄と、
大社造の御本殿がデザインされています。

同じく、「Izumo Oyashiro」と英語でデザインされています。

出雲大社の御朱印の注意ポイント

御朱印の初穂料はお気持ちで

出雲大社では御朱印をお願いすると「お気持ちをお納めください」と言われます。
気持ちを込めて、任意の金額をお渡ししましょう。

昭和時代60年の御朱印

御朱印(手書き)

現在の御朱印と同じく「参拝」という文字に加えて、
「出雲大社」という印が押されています。

現在は篆書体の「出雲大社」であるのに対し、当時は楷書体での「出雲大社」の印でした。

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

参道の左手に大駐車場(385台)と駐車場(360台)がある他、
参道の右手にも20台駐められる駐車場があります。

巡礼

日本全国の一宮まとめ
出雲國神仏霊場第一番「譲」

ご利益

出雲大社について

世界中のあらゆるご縁をつなぐ縁結びの会議場


出雲大社にまつられているオオクニヌシは、各地のお姫様と次々と結ばれ、出雲という大国を築きました。この神話のご利益にあやかり、出雲大社はご縁をを紡ぐ聖地とされています。
そして神在月(旧暦10月)には、日本中から神様が集まります。男女間に限らず、仕事や友人関係など、あらゆる良縁を結んでくださるのです。
参拝のあとは、隣接する古代出雲歴史博物館もオススメです。

おすすめの投稿

正一
2021年03月14日(日)
48投稿

日本神話で最も有名な「国譲り」に応じる条件として造られた壮大な社殿。
出雲大社の正式な読み方は「いづもおおやしろ」ですが、一般的には「いずもたいしゃ」と呼ばれます。今では“縁結び”の神様として大人気ですが、本来この“縁”は男女の縁だけではなく、神様の力で生きとし生けるものが共に豊かに栄えていくための結びつきを指します。

【カリスマ、大国主大神】
その偉大なる神様とは、祭神の大国主大神(おおくにぬしのかみ)。神話の昔、山陰山陽から北陸までの広大な地域を治め、葦原中国(あしはらのなかつくに)の国作りを完成させました。しかし、神の国・高天原(たかあまのはら)からの天照大御神(あまてらす)の使者に「国譲り」を要請され、話し合いの末に大国主大神は幽冥界(死者の世界)の主となりました。話し合いと言われていますが、実際は武力による滅亡だったと推測されます。国を譲る代わりとしての条件が、大きな宮殿(出雲大社)の建立でした。

【二礼・四拍手・一礼】
参拝方法は一般と異なり、不思議なことに、「二礼・四拍手・一礼」を作法としています。この特殊な参拝方法は出雲大社と宇佐神宮のみに伝わる風習で、異説では「四拍手=死」の意味があり、古代のかなり大物な人物の霊廟である可能性があるようです。アマテラスとの戦いに敗れた大国主大神が、祟りを起こさないようこの出雲大社に封印されていることの暗示だという説があります。

【因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)】
この説話は、大国主大神がなぜ八十神(兄神)をさしおいて広大な国を束ねることができたかを説明する『古事記』の一部。
「因幡の白兎が島から島に渡ろうとして、和邇(ワニ※サメのこと)を並べてその背を渡ったが、最後の和邇に毛皮を剥ぎ取られて泣いていたところを大国主神に助けられる」という部分が広く知られており、大国主の優しさとカリスマ性を示す一節となっています。

出雲大社の本殿

念願の出雲大社に来ました。
恥ずかしがりやな僕にとっては、人が少なかったのがなにより一番安心です。
3時間かけて来た甲斐がありましたよ。
ゆっくり観て回ることが出来ました。
流石、縁結びの神様ですね。
カップルが多い。

でもね、一人で来てたり、グループで来てたり、まちまちでした。
まぁ、僕はいつも一人なのですが・・・
お参りしまくりましたよ。彼女ほしぃって・・・。

拝殿・本殿の敷地の左隣りにある神楽殿。大注連縄で有名ですね。
もう、その規模に唖然としました。
すごすぎる。

出雲大社の本殿

拝殿で参拝して、終わりではなく、本殿でもお参りしました。
しっかりお願いしました。
いいことあるといいなぁ。
お願いします。

出雲大社の御朱印

神楽殿での御朱印です。

出雲大社の御朱印

拝殿裏での御朱印です。どうです? シンプルでいいでしょ???

出雲大社の御朱印帳

御朱印帳も買いました。いやいや、素直にうれしいです。
来てよかった。
いやぁ、ホントにいい一日になりました。
ありがとうございました。

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惣一郎
2021年01月28日(木)
1066投稿

出雲大社(いずもおおやしろ)は、島根県出雲市にある神社。式内社(名神大社)、出雲国一之宮。旧社格は官幣大社、勅祭社、現在は神社本庁の別表神社。出雲國神仏霊場第1番(発願地)。
創建は不詳、神代とされる。古代より杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれていたが、明治時代に入り出雲大社と改称。近代社格制度化において唯一「大社」を名乗った。

記紀(古事記・日本書紀)によると、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ;出雲大社の御祭神)の「国づくり」の大業に感激した天照大御神が諸々の神に命じて大国主大神のために壮大な天日隅宮(あめのひすみのみや)を建てたとあり、この天日隅宮が出雲大社にあたる。神話の中では、出雲大社は「太く深い柱で、千木が空高くまで届く」と形容され、これに相当する平安時代の平面図と遺構が発見されている。

参拝時は平日(金曜日)の昼で、コロナ期間中ではあるがGO TO キャンペーンもあり、参拝者はそれなりに多くいた。参拝にあたっては3日間、出雲縁結び空港でレンタカーを利用した。出雲空港から出雲大社までは20kmちょっと、30分ほどで到着。大社周辺には複数の大きな無料駐車場がある。
参拝上の留意事項としては、出雲大社では、二拝四拍手一拝の独特な作法で拝礼するとされる。

出雲大社の鳥居

敷地入口に立つ<勢溜(せいだまり)の大鳥居>。ここから聖域が始まる<一の鳥居>にあたる。50年に一度新調される木製の鳥居で、2018年に建て直されている。

出雲大社の鳥居

<勢溜の大鳥居>をくぐって振り返ると、遠くの低い場所(宇迦橋)に大きな鳥居が見えるが、これは大正時代に実業家が寄進したもので<一の鳥居>ではない。

出雲大社の建物その他

<勢溜の大鳥居>から本殿まで1km弱の参道が伸びるが、この参道は徐々に下っていて、全国的にも珍しい<下り宮>となっている。自分の参拝したことがある範囲では群馬の上野国一之宮<貫前神社>ぐらい。宮崎の鵜戸神宮、熊本の草部吉見神社と合わせて<日本三大下り宮>と言うらしい。出雲大社が<下り宮>となっている理由については諸説ある。
参道の両脇は松の木で<日本の名松100選>にも選出。後ろにひかえる山は、御神体にして出雲大社の禁足地・八重山。

出雲大社の末社

参道をしばらく進むと、右側に末社<祓社(はらえのやしろ)>が現れる。ここでまず、四柱の「祓戸の神」により日常生活の心身の罪汚を祓い清める。

出雲大社の鳥居

下り参道を下り切って、素鵞川(そががわ)に架かる<祓橋(はらえのはし)>を渡ったところに<二の鳥居>がある。この鳥居は下をくぐる設定にはなっておらず、鳥居の両サイドに参道がある。なお、<祓橋>も穢れを落とす意味がある。

出雲大社の手水

いよいよ本殿に近づくと、左手に手水舎が現れる。祓社、祓橋、手水舎で<三度の禊>が完成する。手水舎の裏手は社務所。

出雲大社の像

手水舎の近くにある御祭神<大国主大神>の像。別名は<だいこくさま>。手前は『因幡の白兎』の話で大国主大神が助けたうさぎ。

出雲大社の鳥居

<三の鳥居>に当たる<銅の鳥居>。1666年長州藩第3代藩主・毛利綱広の寄進で、国指定重要文化財。出雲大社では、この<銅の鳥居>と荒垣で囲われた内側を<境内>と呼ぶ。

出雲大社の本殿

<銅の鳥居>をくぐると、左斜め前方向に<拝殿>が現れる。参拝者は各々ソーシャルディスタンスを意識して並んでいる。まずここで最初の参拝をする。

出雲大社の本殿

正面から。建物として非常に美しい造形。

出雲大社の本殿

拝殿のはるか後ろに本殿がある。拝殿と本殿を写真1枚に収めるとこんな感じ。

出雲大社の建物その他

本殿(一番高い、黒い千木のある建物)は回廊や瑞垣で囲まれているため、やや遠くからの方がよく見える(近づくとほとんど見えない)。本殿は1744年の造営で国宝。本殿の手前に人だかりが見えるのは<御守所>。御守所の後ろの建物は<西回廊>で国指定重要文化財。

出雲大社の本殿

本殿の前に建つ<八足門>。国指定重要文化財。ここでも本殿を参拝する。

出雲大社の本殿

八足門の細部。蛙股の「瑞獣」や流麗な「流水文」などの彫刻は、江戸初期の伝説的彫刻職人・左甚五郎の作といわれる。

出雲大社の建物その他

八足門近くの、拝殿の裏側にある<御朱印所>。初穂料の記載はなく巫女さんに「お気持ちで」と言われる。本来はこの方が正しいでしょう。

出雲大社の末社

西側の<十九社(じゅうくしゃ)>。末社。国指定重要文化財。旧暦十月<神在月>に全国の神々が出雲大社の主祭神・大国主大神のもとに集まるが、その際の神々の宿となる。

出雲大社の末社

2つの摂社<氏社(うじのやしろ)>。国指定重要文化財。出雲国造家(出雲大社宮司家)の祖先を祀る。

出雲大社の末社

2つの氏社の奥に建つ<宝庫>。国指定重要文化財。

出雲大社の本殿

瑞垣の内側、本殿の手前に建つ<神魂御子神社(かみむすびみこのかみのやしろ)/筑紫社(つくしのやしろ)>。国指定重要文化財。ちなみに、瑞垣自体も国指定重要文化財。

出雲大社の本殿

本殿西側にある参拝所。本殿により近いと、すごい人気で大行列。

出雲大社の建物その他

本殿西側最奥にある<彰古館>。1914年新造開館した宝物館。

出雲大社の末社

本殿裏手にある摂社<素鵞社(そがのやしろ)>。国指定重要文化財。大社の御祭神・大国主大神の父親である素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る。

出雲大社の建物その他

素鵞社の後ろには巨大な岩(磐座)があって、素戔嗚尊が住む神聖な山・八重山と繋がっているため、出雲神社で一番のパワースポットと言われており、触ると御利益があるとのこと。

出雲大社の建物その他

素鵞社の裏の軒下に砂の箱があり、<稲佐の浜>の砂を持参し供え、ここにある素鵞の社の砂を持ち帰ると清めのお守りになるとのこと。先に持参のルールがあり、自分はこの後<稲佐の浜>に行く予定のため、ここの砂は持ち帰れず。

出雲大社の建物その他

本殿東側最奥にある<文庫>。1667年の新造した図書館。水戸光圀が『大日本史』の編纂に当たり佐々介三郎(助さん)をここに派遣。

出雲大社の本殿

<文庫>から本殿を望む。実際には、高く天にそびえる感じ。

出雲大社の本殿

<文庫>から本殿とその前方を望む。

出雲大社の本殿

瑞垣の内側、本殿の手前に2つの社があり、一つは<大神大后神社(おおかみおおきさきのかみやしろ)/御向社(みむかいのやしろ)>(左)。もう一つは<神魂伊能知比売神社(かみむすびいのちひめのかみやしろ)/天前社(あまさきのやしろ)>(右)。ともに国指定重要文化財。

出雲大社の末社

末社<釜社(かまのやしろ)>。国指定重要文化財。御祭神・宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)は、素戔嗚尊の御子神で、食物を司る神。全国の稲荷社の御祭神。

出雲大社の末社

東側の<十九社(じゅうくしゃ)>。末社。国指定重要文化財。西側の<十九社>と同じく、神在月に全国の八百万の神が参集した際の宿。

出雲大社の建物その他

ふたたび本殿正面に戻る。写真右側の<観祭楼および廻廊>も国指定重要文化財。

出雲大社の建物その他

<銅の鳥居>近くの<神牛>と<神馬>。新型コロナで「撫でないで」との注意書きが。

出雲大社の建物その他

境内西側には、神楽殿へ続く門がある。

出雲大社の建物その他

出雲大社のトレードマークとも言える<神楽殿の大しめ縄>。日本最大の大しめ縄で、長さ13.6m、直径(最太部)8m、重さ5.2トンとのこと。年間に約600万人もの人がくぐると言われ、2018年に6年ぶり7回目の新調がなされた。

出雲大社の本殿

神楽殿の参拝場所。

出雲大社の建物その他

大しめ縄の大きさは、人の大きさと比べるとよく分かる。

出雲大社の建物その他

参拝場所の左手、右手の両方にある授与所。御朱印はこちら。

出雲大社の本殿

神楽殿全景。神楽殿は1981年創建で、もともとは千家国造家(大社宮司家)の大広間。

出雲大社の末社

道路からの神楽殿入口の右脇に建つ<金刀比羅宮>(左)と<祓社>(右)。

出雲大社の末社

<銅の鳥居>から東方向に進んで境内を出て、<社家通り>を数百メートル行って小道を左折すると、摂社<神魂伊能知奴志神社(かみむすびいのちぬしのやしろ)/命主社(いのちぬしのやしろ)>に着く。天地開闢(世界のはじまり)の造化三神の一柱、神皇産霊神(かみむすびのかみ)が祀られている。

出雲大社の自然

命主社の手前には、推定樹齢1000年のムクノキの巨木がある。高さ17m、根本回り12mあり、根が発達して2m近く根上がりしている。生命力を強く感じる。

出雲大社の建物その他

<銅の鳥居>まで戻って、ここから参道を<勢溜の大鳥居>まで戻っていく。
写真の<会所>は、手水舎・社務所の参道挟んで反対側にある。1667年造替。神職のお籠り潔斎、藩主などの参拝応接、月次連歌会など多目的に使用した建物。

出雲大社の像

<会所>の前に立つ、<大国主大神とその幸魂奇魂(さきみたま くしみたま)>の「ムスビの御神像」。古事記および日本書紀に記載のある<国造りの大業>の話。ここから出雲大社には縁結びの御利益があるとされる。

出雲大社の末社

<祓橋>の近くにある摂社<野見宿禰(のみすくね)神社>。御祭神の野見宿禰命は出雲国造の祖先・天穂日命の子孫で当時天下一の力士に勝ったことから国技大相撲の元祖、広くはスポーツの神、文武両道の神とされている。

出雲大社の建物その他

<野見宿禰神社>の近くにある土俵。2013年の出雲大社・平成の大遷宮の時には、奉祝行事として、横綱の白鵬関や日馬富士関も土俵入りを奉納したとのこと。

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出雲大社の基本情報

住所島根県出雲市大社町杵築東195
行き方

一畑電車「出雲大社前」から徒歩10分

アクセスを詳しく見る
名称出雲大社
読み方いずものおおやしろ
通称いずもたいしゃ
参拝時間

6:00~20:00[3月~10月]
6:30~20:00[11月~2月]

参拝にかかる時間

40分

参拝料

宝物殿:300円、彰古館:200円

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0853-53-3100
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.izumooyashiro.or.jp
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》大国主大神,《配》天之御中主神,高皇産霊神,神皇産霊神,宇麻志阿斯訶備比古遅神,天之常立神,和加布都努志命
本殿大社造
札所など

出雲國神仏霊場第一番「譲」

体験おみくじ絵馬結婚式御朱印博物館お守り国宝重要文化財札所・七福神巡り一の宮伝説

Wikipediaからの引用

概要
出雲大社(いずもおおやしろ/いずもたいしゃ)は、島根県出雲市大社町杵築東にある神社。祭神は大国主大神。式内社(名神大)、出雲国一宮で旧社格は官幣大社。神社本庁の別表神社。宗教法人出雲大社教の宗祠。 二拝四拍手一拝の作法で拝礼する。明治維新に伴う近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社であった。
歴史
歴史[編集] 出雲大社はいわゆる国譲りの事情のもとで創建された[1]。867年(貞観9年)には正二位に叙せられ熊野大社とは別に出雲国一宮と称せられるようになった[1]。中世には12郷7浦を領したが、豊臣秀吉により減じられ5郷2浦となった[1]。1871年(明治4年)に官幣大社に列格の後、大正時代に勅祭社となった。 創建[編集] 出雲大社の創建については、日本神話などにその伝承が語られている。以下はその主なものである。 大国主神は国譲りに応じる条件として「我が住処を、皇孫の住処の様に太く深い柱で、千木が空高くまで届く立派な宮を造っていただければ、そこに隠れておりましょう」と述べ、これ...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 最寄駅:一畑電車大社線・出雲大社前駅 西日本旅客鉄道(JR西日本)出雲市駅から一畑バス出雲大社連絡所行または日御碕行 2017年(平成29年)4月時点で最寄りの停留所には正門南側にある「正門前」(JR出雲市駅からの運賃は大人500円)とその1つ先の神楽殿西側にある「出雲大社連絡所」(JR出雲市駅からの運賃は大人520円)がある。標準所要時間はゆめタウン出雲前経由便がJR出雲市駅から出雲大社連絡所バス停まで約36分、イオンモール出雲前経由便が約27分。島根ワイナリー経由便を除く全ての便が大鳥居の下をバスが通過する。 一畑電車・電鉄出雲市駅から出雲大社前駅まで川跡駅乗換で24分...Wikipediaで続きを読む
行事
祭事[編集] 1月 元旦 - 大饌祭(大御饌祭) 3日 - 福迎祭 5日 - 説教始祭 旧暦元旦 - 福神祭 旧暦1月28日 - 杓子祭 2月17日 - 祈穀祭 4月1日 - 教祖祭 5月 14日 - 例祭(大祭礼) 勅使参向 この祭りにのみ神職は正服を着装し奉仕する 15日 - 例祭(大祭礼) 二之祭 16日 - 例祭(大祭礼) 三之祭 6月1日 - 凉殿祭(真菰神事) 8月 5日 - 爪剥祭 6-9日 - 出雲大社教大祭 14日 - 神幸祭(身逃神事) 旧暦10月 10日 - 神迎祭 11日 - 17日 - 神在祭(御忌祭) 11月23日 - 献穀祭・古伝新嘗祭 12月 15日 - ...Wikipediaで続きを読む
引用元情報出雲大社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%87%BA%E9%9B%B2%E5%A4%A7%E7%A4%BE&oldid=92573921

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